作者について


 戸籍上の名は「大介」と言いますが、1995年に米国のワシントンD.C.にあるジョージタウン大学の語学コースで4ヶ月ほど研修を受けていた際に、ニックネームとして、先生やクラスの仲間達が覚えやすく発音しやすい「Dice」を使い始めました。

 「dice」は「賽子(さいころ)」の複数形(単数形は「die」)ですが、人に転がされる人生ながら、出た目でその人の人生を決めるという、我が身のアイロニーが込められていて、結構気に入っています。

 このサイトは、「dice.jp」ではドメインを取得できなかったので、姓から2文字取って「hidice.jp」とし、賽子が語る図書館周辺の話題のアーカイブということで「賽子図書館」と名付けています。


図書館歴


 小学校3年の頃、父が宮崎県立図書館に勤務していたので、学校帰りにほとんど毎日、県立図書館に立ち寄って父と共に帰宅していたのが図書館の原体験ですね。当時の県立図書館は、現在の宮崎県庁の外来駐車場のところに建っていて、「翠」という食堂・喫茶がありました。毎週土曜日は、ここで昼食を食べるのが楽しみでした。図書館で借りた本を帰りの薄暗く揺れるバスの車中で読んでいて、近視に乱視が加わったのがこの頃です。

 とにかく本を読むのが好きだったので、高校の頃3年間、希望して図書委員を務めました。2年生で図書委員長、3年生で顧問という役職に就き、高校の図書室を牛耳っていたのは良き思い出です。
 当時(1970年代後半)は、東京・日野市の図書館活動に端を発した、市民の力による図書館作りが各地で活発に行われていた時期で、関連書籍もたくさん出版されており、そうしたものに触れる中で、仕事として図書館を意識したのがこの時期です。

 その後、公共図書館の運営や経営について勉強したくて、大阪の大学に進学しました。実証主義的社会科学を標榜する学科で、「社会教育論講座」に在籍して学びました。卒論は、当時関西で抜きん出た実績をあげていた大阪府松原市の市民図書館をフィールドに、来館者調査を行ってそのサービスを分析しました。

 在籍していた大学では図書館司書の資格が取れなかったので、近畿大学の通信教育を平行して受けていましたが、完了することはできませんでした。とりあえずスクーリングの単位だけは取得できたのが後年役立ちました。

 学んだことを宮崎の地で活かしたかったので、卒業と同時に宮崎に戻りましたが、残念ながらどこにも図書館で働ける職がなかったので、現在の職に就きました。いつかは図書館に係わる仕事ができるだろうという想いがありました。

 就職から6年経って、ようやく希望がかなって図書館に勤務することができました。結果として3年だけでしたが、この間に、再び近畿大学の通信教育にチャレンジして司書資格を取得しました。この頃に培った図書館関係者の人脈は、今でも大きな財産です。

 2007年4月に仕事と家族の都合で千葉県浦安市に転居し、通勤電車の中で読む本を借りるために専ら一利用者として図書館を訪れていました。以前、プライベートと仕事で2度図書館を訪問したことのある「図書館の街・浦安」に住むことになったのも何かの縁かもしれません。

 2013年4月に6年ぶりに家族と別れて単身宮崎に戻り、図書館の利用環境が悪化したのは悲しむべきことですが、再び宮崎の図書館界のために何らかお役に立てればと考えています。

 図書館の現場を離れて、今年(2013年)で20年経ったことになります。しかし、図書館への情熱が冷めたわけでもなく、どんな仕事でも図書館が原点として私の中で生き続けています。



【追記】


2014年 4月 宮崎てげてげ通信(テゲツー!)に参加。ライターとして活動開始。
2015年11月 「日本図書館協会九州地区図書館の集い in 宮崎」実行委員会副会長 
2016年 2月 フードアナリスト(4級)資格取得


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