徒然日記 - 最新エントリー

「その10 セントーサ島〜虎豹別墅」から続く。

MUSTAFA


「虎豹別墅」を後にして、お土産のアーユルヴェーダ石けんを買うために、リトルインディアにある「ムスタファ・センター」に連れて行ってもらいました。

24時間オープンの巨大ショッピングセンターは、地下2階地上4階の広大な建物の中に、日本のドン・キホーテのように化粧品から日用雑貨、食料品まで無いものは無いのではと思えるくらいぎっしりと商品が詰め込まれていて、見て回るだけでもなかなか楽しいのですが、写真を撮る余裕は無かったので詳細は省略。

ここで買ったのは、アーユルヴェーダ石鹸を3種類に、肉骨茶(バクテー)の素3種、ドライ・イチジクなど。
なかなかリーズナブルにお買い物できました。



Kampong Chicken Eating House (甘榜山雉餐室)


Kampung Chicken Eating House外観

今回の旅で最後の食事となる夕食は、石田君に食べたいとリクエストしておいた「海南鶏飯」。
「シンガポール・チキンライス」とも呼ばれるように、これまたシンガポールを代表する料理のひとつ。
石田君のオススメは2か所あったのですが、「身がプリプリな方」をリクエストして連れてきてもらったのが、この「Kampong Chicken Eating House (甘榜山雉餐室)」。
地元民しか行かない感じの店構えで、期待が高まります。

店頭の山雉

店頭にKampong Chickenが吊されていて、ここでぶつ切りにしてくれて、テイクアウトも可能。

「Kampong」というのは、マレーシア語で「村」という意味だそうで、「Kampong Chicken」というのは、一般的にはマレーシアやインドネシアで放し飼いされている在来種の鷄を指すらしいのですが、村で育てられている鷄を指す場合もあるとのこと。
ここの鶏がどういう鶏なのかは聞きそびれましたが、黄色いのは、ターメリックを入れて茹でられているからみたいです。

店頭のメニュー

店頭にメニューがありましたが、茹で鶏の外に、揚げ鶏、何故か蟹も看板メニューのようです。
外にもサイドディッシュがいろいろありましたが、今回は茹で鶏にフォーカス。

甘榜山雉

石田君と2人で、ハーフサイズ(半身)をシェアしました。
食べやすいように、包丁で骨ごとぶつ切りにされています。

これを、中国醤油とチリソースに付けながらいただきます。
適度な歯ごたえのあるプリッとした身質で、肉そのものにも旨味があって、なかなか美味しいです。

まる2日一緒にいて話題も尽きかけているので、「美味い」以外の言葉もほとんど無く、おっさん二人で骨付きの肉をひたすらしゃぶっていました(笑)。

ライスとスープのセット

チキンライスなので、ライスとスープも付けました。
鶏の出汁で炊かれたごはんと、鶏を茹でたスープですね。シンプルにして滋味深い味でした。

今回の旅で最後の食事で、念願だった本場の海南鶏飯を、しかもかなりレベルの高い鶏を食べることができて、大満足でした。
シンガポールを再訪することがあったら、ここは再度訪れたい場所です。



Jewel Changi Airport



夕食が終わってその後、IONオーチャード店にある「Bengawan Solo(ブンガワン ソロ)」でクッキーなどのお菓子も買って、お土産の買い物は終了。
最後、石田君に車でチャンギ国際空港まで送ってもらって、空港の隣に新しくできたJewelというショッピングモールへ。



施設の中央にRain Voltexという屋根から地下まで円柱状に落ちる人工の滝があって、それがまたライトアップされて色が美しく変わって行きます。
よくこんなもの作ったなと、シンガポールの勢いに感心するばかり。

ここには、レストランもいろいろあるし、ブランド品のショップもあるし、お土産品も買えるしで、旅行者だけではなく、地元の人も多かったです。

しかし、広くて見所多いので、うかうかしてたら飛行機に乗り遅れる可能性がありますから要注意です。



SATS Premiere Lounge T2




石田君と別れ、0時30分発NH804便の搭乗まで少し時間があるので、免税店で自分用のお土産にグレンリベットのキャプテンズリザーブを1本買った後、Priority Passで入れるSATS Premiere Lounge T2へ。

ここは、アルコール類もひととおり揃っていて、セルフサービスで好きなだけ無料で飲めるようになっていました。
往路の機中であまり眠れなかったので、少し飲んでおくと眠れるかなと思って、とりあえず赤ワインを1杯いただくことに。

飲みながら、宮崎から持って来たけどここまで使わなかったPCを、Freeのwifiに繋いでメールをチェック。



このラウンジには軽食もあるのですが、夕食はしっかり食べた後でしたし、さすがに夜遅い時間帯でほとんど料理は残っていなかったので、ミックスナッツで白ワインをもう1杯。

そうこうしているうちに搭乗の時間が近づいてきたので、これで眠れると良いなと思いながら、ゲートへ向かいました。

帰国




NH804便に乗り込んだら、往路と同様に身支度を調えて寝ることに努めましたが、ワインの効果も無く、やはりあまり眠れませんでした。

到着2時間前くらいに前に出された機内食は、和食を選択。親子丼と冷やしうどんと果物。

往路は羽田からでしたが、復路は成田着。
成田空港は、宮崎からJetStarが飛んでいるのでたまに使うのですが、国際線で降り立つのは10年ぶりくらい。
出国同様に入国審査も自動化されていて、顔認証ゲートにパスポート置いてカメラに顔を向けたら照合されてゲートがさくっと開くというお手軽さ。
ゲートを抜けたらバゲッジクレームで預けた荷物を回収して、税関の申告品も無いのでそのまま到着ロビーへ。

そこから京成本線と東西線を乗り継いで浦安の自宅まで戻り、大半のお土産品を下ろしたら、再び電車で羽田空港へ。
夕方の便で羽田から宮崎に飛び、11月18日(月)の20時前にアパートに帰り着いて、1泊4日の弾丸ツアーが終了しました。

慌ただしい弾丸ツアーでしたが、満足度のものすごく高い旅になったのは、ひとえに案内してくれた石田良夫君のお陰です。濃密な2日間の最初から最後まで、大変にお世話になりました。改めて深謝します。

いつの間にか2ヶ月に渡り11回も連載することになってしまったシンガポール旅行記、以上で終了です。
自分の備忘録的にまとめましたが、誰かのシンガポール旅行の役に立てば幸いです。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1115)




「その9 日本人墓地公園〜ラクサで昼食」から続く。

美味しいラクサをいただいた後、石田君の車は、シンガポール南部にあるレジャーアイランドのセントーサ島へ。

FORT SILOSO (シロソ砦)


FORT SILOSO入口

カジノやユニバーサルスタジオ、ゴルフ場、ビーチなど様々なエンターテイメント施設のあるセントーサ島ですが、石田君がまず案内してくれたのは、島の西端にある「FORT SILOSO (シロソ砦)」

スカイウォーク入口

1880年代にイギリス軍がシンガポール港の防御のために築いた要塞で、1942年2月の日本軍との戦いで陥落した戦跡です。
現在は、当時の遺構を生かした「シロソ砦戦争記念館」として公開されています。

まず、駐車場の近くのスカイウォーク入口からエレベーターで上に上ります。

沖合にたくさんの船

高い所が苦手という石田君の話によると、シンガポール人はスカイウォークが大好きで、いろんなところに無駄にスカイウォーク作るらしいのですが、上に昇ると、南側にはこんな光景が広がっていました。

沖合には、入港を待つ船がずらりと並んでいて、なかなかの壮観です。
何せシンガポール港は、コンテナ貨物取扱量で世界第2位の港(第1位は上海港(2018年))。
日本で1位は東京港(世界では35位(2018年))なのですが、その8倍、年間約3,660万TEUのコンテナを取り扱います。

本島側を望む

同じ場所から反対側、シンガポール本島側を望むとこんな風景が。
豪華客船が停泊している奥に、本島からセントーサ島に渡るケーブルカーが見えます。

要塞の入口

スカイウォークを奥へ進むと、シロソ砦の入口に到着。

広い敷地に点在する要塞の遺構を生かしながら、当時使われた大砲などが、人形などとともにリアルに展示されています。
場所によっては、人が近づくと自動的に音声が流れる仕掛けがほどこされていたりして、なかなか凝った展示になっていました。

対艦砲

こんな風に、対艦射撃用の6インチ砲と人形がリアルに配置してあったりする訳です。

9.2inch BL Gun

これは、イギリス軍が使っていた9.2インチ砲の砲身。
こんなのがあちこちにごろごろしてましたが、ミリヲタでもないので、華麗にスルーしました。

日本軍の攻撃により陥落したこの要塞は、その後イギリス軍兵士の収容所として使われたりしたそうです。

日本の戦争遺構って、殆ど手も入れられず風化にまかせてボロボロな所が多いのですが、ここは公園としてきれいに整備されていて、訪れる人も多いようでした。

要塞の入口

シロソ砦から駐車場に戻る途中、海沿いの道を通った時に見えた風景。

対岸のビルは、本当に湾曲する形で作られていて、ビルとビルの間にスカイウォークも見えます。こういう無駄というか遊びに溢れているのがシンガポールのビルの特徴でもあります。

手前の船は、観光クルーズ船ですね。




アジア大陸最南端地点!?


シロソビーチ

シロソ砦から駐車場に戻りましたが、まだ時間があるので、そこからビーチの方に下りてみました。
写真の右上あたりに駐車場があり、全室オーシャンビューのリゾートホテルの下一帯が、シロソビーチ。
セントーサ島の南西部は、このシロソビーチから南東数kmに渡ってビーチが整備されており、シンガポール人や観光客が、海水浴やアクティビティを楽しむことができるスポットになっています。

海岸線に沿った道路には、セントーサビーチトラム(Sentosa Beach Tram)という無料で乗れる周遊シャトルが10分間隔で運行されているので、それに乗って、「The Southermost Point of Continental Asia (アジア大陸最南端地点)」があるというパラワンビーチへ向かいます。

the Southernmost Point of Continetal Asiaの看板

パラワンビーチに着いたら、植え込みの中にちょっと古ぼけつつある看板がありました。
ここが最南端地点なのかと思ったら、石田君がもっと先だと言うのです。

吊り橋

なんと、ビーチのちょっと沖に砂の小島があり、そこまで吊り橋がかかっているではありませんか。
小島には、展望台が2基あって、その間をスカイウォークが繋いでいたりします。

the Southernmost Point of Continetal Asia

ちょっと揺れる吊り橋を渡った先に、「THE SOUTHERNMOST POINT OF CONTINETAL ASIA」と書かれたフォトポイントがあったので、とりあえず記念撮影しました。

しかし、シンガポールそのものが島国で、セントーサ島はその南端の島。さらに、この看板がある地点は、セントーサ島のビーチから吊り橋で渡る島なので、Continetal Asia(アジア大陸)と地続きではないんですよね。
しかも、地図で確認したら、ここはセントーサ島の最南端でもありませんでした。
いいんですかね?こんなアバウトなことで(笑)。

ちなみに、真の意味でアジア(ユーラシア)大陸の最南端地点は、マレーシアのジョホール州にあるタンジュン・ピアイという岬の先端だそうです。




Haw Par Villa (虎豹別墅)


Haw Par Villa入口

「The Southermost Point of Continental Asia」から再びビーチトラムに乗ってシロソビーチに戻り、石田君の車に乗ってセントーサ島を後にしました。
次なる目的地は、「Haw Par Villa (虎豹別墅)」

Haw Par Villaの門

かつては「Tiger Balm Garden (タイガーバーム・ガーデン)」と呼ばれていたここは、「Tiger Balm(虎標萬金油) 」という世界的に有名な軟膏で財を築いた実業家Aw Boon Haw(胡文虎)Aw Boon Par(胡文豹)の兄弟によって建設されたもので、1937年に開園しています。

タイガーバーム・ガーデンは香港にもあって、かつて新婚旅行で香港に立ち寄った際に訪れた記憶があるのですが、2000年に閉園しちゃったみたいですね。

海をモチーフにしたっぽいジオラマ

それでこの「虎豹別墅」ですが、結構広い敷地の中に、中国の儒教・道教・仏教や、様々な伝説・説話等をモチーフとした数多くの像とかジオラマがあちこちに展示されています。

十大地獄の様子を表したおどろおどろしいものや、『西遊記』をモチーフにしたものなど日本人にもわかりやすいものから、何となく言わんとしていることはわからなくも無いけど出典がわかるともっと理解できるのだろうなというもの、はたまた全然理解できんわというものまで、多種多様。

全然美しくない人魚

とにかく、極彩色でサイケでキッチュでグロテスク。
なんとなく不安で落ち着かない雰囲気が漂っていて、異世界感満載。
ちっちゃい子ども連れてきたら、阿鼻叫喚で悲惨なことになりそうですが、意外と子ども連れもたくさんいました。

創設者の胡兄弟の精神世界を反映しているらしいのですが、いやいやどんな人達だったんでしょうね?
胡兄弟は金出して造らせただけなので、これらの像を実際に造った造形作家というか職人さん達も大勢いるはずで、それが揃いも揃ってへたうま感に溢れていることに逆に驚き。

相撲の力士像2体

何故か、相撲の力士像もあったりして。横綱の土俵入りの場面なのかな?

私の感性だと、一回行ったらお腹いっぱいになっちゃって、もう次は無いかなと思いましたが、入場無料だし、話の種に一回は行ってみるべきなのかも。



「その11 最後の夕食〜帰国」へ続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1079)




「その8 戦争の記憶を訪ねる旅」から続く。

日本人墓地公園


日本人墓地公園

「Former Ford Factory」から西に車を走らせ、広い幹線道路から住宅街の細い道に入って到着したのが、「シンガポール日本人墓地公園」。
1888(明治21)年にシンガポールで娼館主・雑貨商として成功した二木多賀治郎が自己所有のゴム林を日本人共有墓地のためにと提供したことに端を発し、1891(明治24)年に開設されたこの墓地には、からゆきさん、戦前に活躍した日本人、戦犯処刑者などが明治から昭和にかけてシンガポールで亡くなったたくさんの日本人が眠っています。

二木多賀治郎の墓

その二木多賀治郎の墓。
長野県出身の元船員で、1888(明治21)年に渡星。娼館、雑貨商、ゴム園の経営で財をなし、初期の日本人街のまとめ役となった人物。
日本人の相互扶助を目的とした「共済会」を発足させ、それが現在も続く「日本人会」の礎となっており、この墓地は、今も「シンガポール日本人会」が毎年慰霊祭を行っているのだとか。

からゆきさんの墓

墓碑ではなく、小さな石柱だけが並ぶのが、からゆきさんの墓。
からゆきさんについては、山崎朋子著『サンダカン八番娼館』や森崎和江著『からゆきさん』に詳しいのですが、貧困故に身売りされて娼館で働いていた女性達が、故郷に帰る夢を果たせぬまま異国の地で亡くなった無念が眠っています。
この墓地にからゆきさんの墓が多いのは、解説者の二木多賀治郎が娼館を経営していたことと無縁ではないのでしょう。

二葉亭四迷の碑

からゆきさんの墓が並ぶエリアの近くにあった、明治時代のロシア文学家、翻訳家、小説家であった二葉亭四迷の碑。
傍らの説明板に、「この石碑は墓ではない。」と書かれていました。
1909(明治42)年、朝日新聞特派員として赴任していたロシア・ペテルブルグで重い感冒を患い、帰国するために乗っていた日本郵船の「加茂丸」の船中にてインド洋上で5月10日に客死。
「加茂丸」は5月13日にシンガポールに入港し、四迷の遺体は埠頭近くのパシルパンジャンという小山で荼毘に付されました。遺骨は日本の遺族の元に届けられましたが、終焉の地ということで、この日本人墓地に碑が置かれることになったとのこと。

谷豊の顕彰碑

こちらは、昭和初期に「マレーの虎」と呼ばれた谷豊(たにゆたか)の顕彰碑。
福岡県出身で2歳の時に一家でイギリス領マレーに移住。満州事変の勃発に怒った華僑暴徒に異母妹が惨殺された事を機にマレーの友人達と華僑を主に襲う盗賊団を組織、「ハリマオ」として知られるようになりました。
マレー半島を転々としながら活動し、太平洋戦争が始まると日本軍に協力して諜報活動に従事しましたが、マラリアに罹患し、1942(昭和17)年3月に30歳の若さで死亡。
没後に埋葬されたと伝えられる墓地は現存せず、ここには顕彰碑があるのみです。
1960(昭和35)年に作製されたテレビドラマ『怪傑ハリマオ』のモデルとなったことで有名なのですが、最近では知らない人の方が多いのでしょうね。

日本人墓地遠景

この他にも、有名、無名を問わずたくさんの墓標が並んでいました。
シンガポールの歴史の中でそれぞれに人生を歩んだ人々が眠る墓地、なかなかに感慨深いものがありました。



328 Katong Laksa


加東ラクサ

日本人墓地公園に続いて、昼食はシンガポールの国民的麺料理「ラクサ」を食べるために、石田君がKATONG(カトン)地区にある「328 Katong Laksa」へ連れてきてくれました。
カトンは、中国、マレー、ヨーロッパの文化をミックスさせた独特の「プラナカン文化」が色濃く残る場所で、ラクサの発祥の地とも言われています。

メニュー表

店の奥にあるカウンターの上に掲げられたメニュー板を見ると、ラクサがメインで、サイドオーダーがちょこちょこ。

ラクサとオタ

オーダーしたのは、ラクサのSmall(S$5.5)とオタ(S$1.40)。
オタ(Otak)は、魚のすり身にタピオカ澱粉とスパイスを混ぜて、バナナの皮に包んで焼き上げた料理で、主にインドネシア、マレーシア、シンガポールで食べられています。

ラクサとオタ

ラクサの方は、海老と貝のこくのあるスープに唐辛子の辛み、をれをココナッツミルクの甘さとまろやかさが包み込む、調和の取れた味。
辛さはマイルドで、チリソースが別袋で付いてきましたが、噂に寄ればこれが超激辛とか。使わずに持ち帰ったので、いずれ何かの料理に使ってみようかと思います。

麺は、中太の米粉麺が短く切ってあって、箸ではなくレンゲで食べるようになっていました。カトンのラクサは、短い麺が特徴のようです。


ラクサ自体は宮崎でも食べたことがあるのですが、本場の味はこれが初めて。なかなかに美味しくて、さすがにシンガポールを代表する麺料理だけのことはあります。




「その10 セントーサ島〜虎豹別墅」に続く
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1165)




「その7 人生最高の朝食!?」から続く。

Kranji Beach Buttle Site (クランジビーチ戦場跡)


Kranji Beach

Bollywood Vegiesを後にして、来た道を引き返し、シンガポールの北にあるKranji Dam(クランジダム)の横の「Kranji Beach Buttle Site」へ。

ジョホール海峡

目の前の海は、マレーシアとシンガポールを隔てるジョホール海峡で、対岸はマレーシア南端の都市Johor Bahru(ジョホールバル)。
狭い水道で波も無いので、泳いで渡れそうななくらい。

記念碑

ここは、1942(昭和17)年2月8日に、イギリスの植民地だったシンガポールの占領を目標として、マレー半島を南下してきた日本軍がゴムボートでこの海峡を渡り、守備隊のオーストラリア軍と戦闘になった場所。
それを記録し祈念するためのモニュメントが建てられていました。



Kranji War Memorial (クランジ戦没者記念碑)


Kranji War Memorial

続いて、「Kranji Beach Buttle Site」から車で5分ほどの場所にある「Kranji War Memorial」へ。

Kranji War Cemetery

入口の石版には、「Kranji War Cemetery」と書かれていましたので、墓地公園になっているようです。

Googleで調べてみたら、1942年から1945年にかけての日本占領時のほか、第二次世界大戦中に東南アジアの他の地域で亡くなった連合軍の兵士が埋葬されている墓地とのこと。

緑の丘の上にモニュメント

入口からなだらかに上る丘の上にモニュメントがあり、そこへ到る緑の道の両側に、墓標が並んでいます。

緑の丘の上にモニュメント

この墓地には4,461人が埋葬されているそうですが、そのうち850人以上は身元がわかっていないのだとか。
墓碑に書かれた年齢を見ると、20代の若者が大半でした。戦争の最前線で戦い亡くなるのは、常に若者ですね。



Former Ford Factory (旧フォード工場)


Former Ford Factory

続いて向かったのは、「Former Ford Factory (旧フォード工場)」。

その名のとおり、1941年に開設されたフォードの自動車工場だったところですが、1942年に日本軍がシンガポールを占領した際、日本軍を率いてた山下泰文第25軍司令官が、イギリス軍司令官のアーサー・パーシバル陸軍中将に対して「イエスかノーか」と降伏を迫ったという逸話が残る場所です。

現在は、内部が改装されて、「National Archives of Singapore(シンガポール国立公文書館)」により、第二次世界大戦時の資料を展示する歴史資料館となっています。

降伏交渉が行われたテーブル

降伏交渉が行われた部屋とテーブルも、このとおり残されていました。

降伏交渉の写真と絵

当時の模様を伝える写真と絵もありました。

この後シンガポールは、大英帝国の植民地から日本軍が支配する「昭南島(しょうなんとう)」となり、1945(昭和20)年9月12日に現地で日本軍が降伏文書に署名するまでの約3年半、日本による統治が行われました。

この間に使われた日本語の教科書やバナナマネーと呼ばれた日本政庁発行のドル札など、興味深い資料がたくさん展示されていました。



東南アジアの地で第二次世界大戦(太平洋戦争)関連の史跡を訪ねることは、日本人として面映ゆく、なんとなく居心地の悪い感情を抱きます。
しかし、日本の侵略戦争として犠牲者も多かった反面、イギリスなど欧米の列強各国からアジアの植民地が独立する契機ともなり、当時の日本政庁により整備されたインフラや制度がその後の独立に役立ったりしたことも事実であり、現在のアジア各国と日本の立ち位置がどこから来たのかを知っておくためには、こうした史跡や資料館から目を背けること無く、しっかり見ておくことが必要だと感じました。
現地2日間という濃密な日程の中で、あえて案内してくれた石田君に深謝です。

「その9 その9 日本人墓地公園〜ラクサで昼食」に続く
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1449)






引っ越しの荷物もまだ完全に片付いてなくて、年賀状の宛名書きもまだ終わってなくて、書くべき記事も溜まっていて、このブログに連載中のシンガポール旅行記も、帰ってきて1ヶ月以上経つのにまだ途中という状況なのに、思いついてレイトショーで観に行ってきました『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

何しろ、1977年公開の第一作(エピソード4/新たなる希望)から42年の歳月を経て、今回のエピソード9で一代叙事詩が完結するとあっては、行かない訳にはいかないでしょう。

年末進行の慌ただしい中、細かいこと言わず、肩肘張らずに観るには良い映画でしたよ。
今回、こっそりと出演も果たしているJ・J・エイブラムス監督がうまく最後をまとめて、積み残された謎が全て解き明かされ、帝制に圧倒されかけていた共和制が見事復活を遂げる大団円。
いいじゃないでか、ねぇ。

しかし、見終わってよくよく考えるに、フォースの暗黒面が完全に消えさった訳ではなく、銀河の混沌も相変わらずなので(そもそも、これだけ広い銀河が、ひとつの政治体制の中に収まりきれる訳がない)、これで銀河の共和制が続くよね、良かったね、とはならない気がするのです。

どんな政治体制であっても不満を持つ者はいるし、最初は良くても必ず綻びは出るし、権力は必ず腐敗するしで、復活した共和制も未来永劫では無い。
そうなると、次第に混沌としてきて、そこに強いリーダーを求める声や野心が生まれ、帝制の種が芽吹くことになる訳ですね。
そうして、「スター・ウォーズ」の世界は、再びエピソード1から繰り返されるということになりはしないのか。それもエンドレスに。

広大な宇宙を舞台にした壮大なファンタジーですが、人の心の持つ表と裏、明と暗、その間で揺れる葛藤を描きつつ、人類史の古代から連綿と続いてきた政治史を新たな形で切り出して見せたこのシリーズ、今後もスピンアウト作品がいろいろと出てきそうなので、まだまだ楽しめそうです。

日本のパルパティーンとなりつつある某首相は、観ないのかな!?
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1390)




「その6 夕食@Zion Riverside Food Centre」から続く。

シンガポール2日目の朝、ゆっくり目に起きてシャワーを浴び、出かける用意を調えたら、石田君の車でシンガポールの北西部に向けて出発。

野菜とかを作っている農園があって、そこで朝食が食べられるというので、一路そこへ向かいます。
日曜の朝ということもあり、途中、たくさんのサイクリストと出会いました。シンガポールのセレブの間でもロードバイクでのツーリングがブームのようです。

 

Bollywood Vegies


Poison Ivy Bistro

到着したのが、「Bollywood Vegies」



「Poison Ivy Bistro」というレストランがあり、屋外にもテーブルと椅子が並べられていました。



自転車用のラックもあり、私たちが着いた時には、ツーリングの一団が先客として食事中でした。
市街地からここまで走って、朝食を食べてまた走るというのは、なかなか良さそうです。
宮崎もバイシクルツーリズムを目指すのであれば、こうした朝食が食べられる郊外のレストランを仕掛けるのも面白いのではないかと思います。


絶品の「Nasi Lemak Platter」




外のテーブルに陣取ったら、石田君のオススメのままに「Nasi Lemak Platter」を注文。
Nasi Lemak(ナシレマ)というのは、マレーシア料理で、ココナッツミルクで炊いたご飯のことを指します。
こちらのナシレマは、Butterfly Pea(チョウマメ)の花で青く色が付けられていました。

Platterは、そのナシレマに、フライドチキン、インゲンの炒め物、揚げたピーナッツ、素揚げのいりこ、揚げた野菜、酢漬けのキャベツ、錦糸卵みたいなもの、えびせんべい、サンバルソースなんかが盛り合わせれています。
別皿にナシレマを取り、盛り合わされたいろんなものをお好みでそこに混ぜて、ぐちゃぐちゃにして食べるのですが、これが激ウマ!
味と香り、食感が重層的になって、思わず笑みがこぼれてきます。
私至上最高の朝ご飯と言ってもおかしくないくらいの美味しさでした。

観光農園




朝食を食べ終わったら、その奥にある観光農園をちょっと散策。
パンフレットを見ると、ガイドツアーなどもあるみたいでしたが、今回は時間も無いので、適当に歩き回りました。
園内には、果樹を中心に食用の植物がいろいろと植えられていました。
目に付いたものをちょっとご紹介しましょう。



一番たくさん植えられていたのは、バナナ。
一口にバナナと言っても、生食用から調理用までたくさん種類があります。
「バナナの木」と言いますが、実は樹木ではなくて草本なんですよね。なので、野菜は果物ではなくて野菜なんだとか。



この大きな果実は、「ジャックフルーツ」。
日本語だと「パラミツ(波羅蜜)」。世界最大の果実と言われてるらしく、かなり大きくなります。
私はまだ食べたことが無く、この旅行でも食べる機会がありませんでしたが、かなり甘いらしいです。



この赤い実は、コーヒーチェリー。
1個の実の中に、おなじみのコーヒー豆が2個入っています。
シンガポールの隣国のマレーシアやインドネシアは、コーヒー豆の産地のひとつ。
こちらのホーカーとかでコーヒーを頼む時は、「Kopi(コピ)」をいただく訳ですが、Kopiはデフォルトでは加糖練乳が入っていてとても甘いミルクコーヒーなのだとか。
ブラックコーヒーが飲みたい場合は、「Kopi O Kosong (コピ オー コソン)」と言わなければならないそうで、朝食のナシレマと一緒に頼んだコーヒーは「Kopi O Kosong」でした。
ちなみに、甘くないミルクコーヒーは「Kopi C Kosong」、ミルクを入れない甘いコーヒーは「Kopi O」と、なかなか複雑です。



この太めの幹から直接成っている実は、カカオ。
この中に、チョコレートの原料となるカカオ豆が入っています。
写真では見たことがありましたが、実物は初めて見ました。



卵形の実が鈴なりに成っているのは、これも初めて見る果実。
幹の方に「Kedongdong」という表示がありました。「ケドンドン」と読むみたいです。
マレーシアでよく見られる果実で、マンゴーと同じウルシ科の植物だそうですが、マンゴーのようには甘くなく、完熟してもやや酸味があるのだとか。
いや〜、まだまだ知らない果物が多いですね。



この表面に斑点がたくさんある実は、これもお初の「Noni(ノニ)」。
インドネシアに多い植物で、日本では「ヤエヤマアオキ」と呼ばれ、沖縄でも栽培されているらしいですが、実物は初めてです。
ノニジュースとか健康食品として売られているみたいですが、まだ味わったことがありません。どんな味がするんでしょうね。



そして、散策の最後で出会った青い花は、ナシレマの着色に使われていた青い花ではありませんか。
根本に、「Double Petal Blue Pea Vine」と書かれた札がありました。
調べてみると、「蝶豆(Butterfly Pea)」というマメ科の植物で、花の絞り汁を染料として使うのだそうです。

園内は結構広くて、初めて出会う植物もたくさんあり、結構楽しめました。
しかし、蚊が多いので、行かれる方は虫除けスプレーをお持ちになった方がよろしいかと思います。



ということで、大満足の朝食と食後の散策が終わって、次なる目的地へ。

「その8 戦争の記憶を訪ねる旅」へ続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1061)




「その5 肉骨茶〜アラブ・ストリート〜チャイナタウン」から続く。

北海道強し


混沌のチャイナタウンからバスに乗っていったん石田君のマンションに戻り、夕食時になるのを待って、今度は徒歩で近くのホーカーへ出かけました。

明治屋シンガポール2号店

その途中で寄った「Great World City」というショッピングセンターの地下に「明治屋」があり、その隣には、北海道の物産を扱う「北海道どさんこプラザ」がありました。
今年の6月27日にオープンした2号店らしいです。フードコートも併設されていました。

北海道どさんこプラザシンガポール2号店

さすがに北海道ブランドは強いですね。
特に南国シンガポールでは雪の降る北海道は人気ですし、海産物から農畜産物まで幅の広さと量の豊富さが飛び抜けているので、単体でアンテナショップが成立するのもよくわかります。

宮崎程度が単県で太刀打ちできる相手ではありませんが、九州でひとつになれば、可能性は無くもないかなと思ったところでした。
「どさんこプラザ」は明治屋と組んでいるみたいなので(1号店も明治屋の中に出店)、どことアライアンスするかも大事なのでしょうけどね。


Zion Riverside Food Centre


Zion Riverside Food Centre

さて、目的のホーカーは、「Great World City」の通り向かい、シンガポール川のほとりにありました。
「Zion Riverside Food Centre」というホーカーで、中央部を除いて屋根はありますが開放的で、川沿いなので夜風が吹き抜けて涼しい感じ。
土曜の夜だったからか、アマチュアバンドの演奏みたいなのも行われておりました。

席を確保したら、二手に分かれて飲み物や食べ物を頼みに行きました。

石田君と乾杯

Tiger Beerで石田君と乾杯。
空心菜の炒め物を席まで配達しにきてくれたお姉さんに撮影をお願いしました。

サテ

屋台料理の定番、「サテ」。串焼きですね。
ここのサテ屋さんは、人気で列ができているし、頼んでから焼き始めるので時間がかかるため、焼き上がったら店頭の電工表示板にオーダーナンバーが表示されるようになっていて、それを見て取りに行くようになっていました。

チキンとマトンの2種類で、少し甘めの味付けですが、お好みで小皿のピーナッツソースを付けて食べます。
これがまたビールと合うんですよね。

蛙肉と野菜の炒め物

こちらは、「蛙肉と野菜の炒め物」。
朝の市場で見たカエルは、こんな感じの料理になって消費されていきます。
蛙肉そのものは、鶏肉に似て淡泊でクセも無く、そう言われなければわからないと思います。

空心菜のサンバル炒め

これまた東南アジアでは定番の「空心菜のサンバル炒め」。
「サンバル」は、インドネシア料理やマレーシア料理でよく使われるチリソースで、トウガラシやニンニク、エビのペーストなどから作られています。
味は店によって違いますが、激辛ではなくて、旨辛な感じですね。
空心菜のシャキシャキした食感が楽しい一品。

麺料理

麺料理食べたくて適当に頼んだやつ。
店の写真を撮り忘れたので、いったい何という名前だったのか思い出せません。
卵麺でやや甘めの焼きそばみたいな感じでした。

この他にもいろいろ食べたかったのですが、年のせいかあまり量を食べられなくなっているので、ここでの料理は以上でした。
Tigerビールの後、ギネスも飲んで、いい気分になって石田君のマンションまで歩いて帰りました。




この日は、ほとんど眠れないままシンガポールに着き、早朝からあちこち巡って3万歩以上歩いて結構疲れていたので、早々に床に着いて、ぐっすり眠りました。
こうして、弾丸ツアーのシンガポール1日目が終わりました。

「その7 人生最高の朝食!?」に続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1169)




「その4 シンガポール植物園〜小休止〜図書館探訪」から続く。

バクテー(肉骨茶)


石田君へのリクエストのひとつに、「バクテー(肉骨茶)を食べたい」というのを入れていました。
バクテー(肉骨茶)というのは、豚のあばら肉(スペアリブ)をスパイスの効いた汁で煮込んだ料理で、海南鶏飯(チキンライス)などとともにシンガポールを代表する料理のひとつです。

發起人肉骨茶餐館ブギスポイント店

訪れたのは、「發起人肉骨茶餐館 (Founder Buk Kut Teh)」。系列店がいくつかあるみたいですが、こちらのお店はブギスポイント(Bugis Point)店。
發起人(Founder)の名の通り、この料理の発祥の店を自称しているみたいです。日本なら、「本家」とか「元祖」とか付けるようなものですね。
人気店のようで、店の前には先客が並んでいましたが、割とすぐに入れました。並んでいる間に注文を済ませておきます。このあたりは、石田君が全部やってくれるので、楽させてもらってます。

店の中の壁は、ここを訪れた有名人の写真で埋め尽くされていましたが、誰が誰やら知らないので、写真は撮らず。

發起人肉骨

しばらく待つと、一番人気の「發起人肉骨(Founder Bak Kuh Teh)」がやってきました。
長めのの骨付き肉と短めの骨付き肉の2種類が入っています。

肉骨茶には、スープが黒っぽいマレーシア式と、比較的澄んだスープのシンガポール式があるらしいですが、こちらのはシンガポール式。
スープを飲むと、豚から出た出汁に塩と胡椒だけのシンプルな味付けながら、胡椒のピリッとした刺激が効いて、なかなか美味しい。
骨付の肉は身離れも良く、味が薄いなと感じたら、真っ黒な中国醤油かピリッとしたチリソースを付けながらいただきます。
時々スープに別注文の油条を浸しながら、黙々と食べました。

作り方は難しくないので、日本でも豚スペアリブを買ってくれば再現できそうです。
現地では、スーパーなどで肉骨茶用のスパイスミックスを売っているらしいので、買って帰ろうと思いました。



アラブ・ストリート


ハジ・レーン

お腹が満ちたところで、近くのアラブ・ストリートへぶらぶらと向かいます。
まず、南側のハジ・レーン。
200mくらいの短い路地なんですが、寂れていた路地の店の外壁に誰かがポップなパブリックアートを描いてから人が集まり始め、それを真似る店が次から次に出て、今では小洒落たカフェやブティックなどが集まるエリアになっているとのこと。
東京だと裏原宿みたいなもんですかね。知らんけど。

アラブ・ストリート

元々アラブ・ストリートは、マレーシアやインドなどから移住してきた人が集うムスリム街。
モスクを中心に、飲食店や商店などが並んでいます。
今では、トルコ料理や地中海料理などの店も増えているらしく、写真右手にはセブン・イレブンの看板も見えます。

サルタン・モスク

このエリアのランドマークが、黄金色に輝くドームを持つ「サルタン・モスク」
1824年に創建された、シンガポール最古のムスリム寺院だそうです。

観光客にも開放されているので内部の見学も可能ですが、入口で靴を脱いだ上で、短パンやスカート、ノースリーブなど肌の露出が多い人は、入口で貸してくれるガウンを着用して隠す必要があります。

私たちも見学しましたが、写真撮影は遠慮しました。フラッシュの使用や動画撮影はもともと禁止されているそうです。



チャイナタウン



「サルタン・モスク」を後にして、バスに乗って、Chinatown(チャイナタウン)へ向かいました。
シンガポールのバスは、前乗り後ろ降りで、乗車時と降車時の両方でEz-Linkカードを読み取り機にかざして料金を精算する方式でした。

ドラゴンフルーツジュース

あちこち歩いて喉が渇いたので、Chinatown Complex Food Centreのホーカーズで、ちょっと休憩。
何も考えずにドラゴンフルーツ・ジュースをいただきましたが、ドラゴンフルーツはビタミンB群が豊富で疲労回復には効果的らしいので、意外に賢い選択だったのかも。

飲み終わったら、ホーカーズからすぐ近くにある「Buddha Tooth Relic Temple and Museum(佛牙寺龍華院)」へ。
ブッダの歯を聖遺物として祀る仏教寺院で、観光客にも開放されていますが、写真の撮影は遠慮しました。

最上階には大きなマニ車が設置されていたので、世界平和を願って1回まわしておきました。

スリ・アリアマン寺院

「Buddha Tooth Relic Temple and Museum(佛牙寺龍華院)」を出てチャイナタウンを散策していたら、派手な外観の寺院が目にとまりました。

Sri Mariamman Temple(スリ・アリアマン寺院)というヒンドゥー教の寺院で、国定記念物に指定されている建物らしいです。



朝行った天福宮からこのスリ・アリアマン寺院まで、この日は宗教建築をいろいろと案内してもらいましたが、石田君は、移民国家であるシンガポールの多様性を伝えたかったかもしれません。

人口の7割を占めるシンガポール人の中で、一番多いのは中華系(約74%)ですが、続いてマレー系(約13%)、インド系(約9%)。
人口の3割は、働きに来ている外国人で、欧米人、フィリピン人、マレーシア人、ミャンマー人、バングラデシュ人、日本人など様々。
こうした人々の宗教や文化が様々に融合しつつ存在するのがシンガポールの面白さでもあります。

シンガポールは大統領制を採っていて、大統領は国民投票で選ばれるのですが、ある民族が過去5回の選挙で大統領を出していない場合、次の大統領をその民族から選出することが定められているそうで、現在の大統領は2017年に選ばれたマレー系女性のハリマ・ヤコブ氏。

もともと民族暴動を契機にマレーシアから追い出されるように独立した建国の歴史があり、民族問題には敏感で、民族間のバランスを取り、不満の解消を図る政策が採られているところが、香港との違いなのかとも思ったりして。

「その6 夕食@Zion Riverside Food Center」へ続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1213)




「その3 Merlion〜Tiong Bahru Market」から続く

シンガポール植物園


National Orchid Gardenの入口

鹵麺を食べ終わって、シンガポール唯一の世界遺産「シンガポール植物園」へ。

シンガポール植物園は、宮崎市青島にある「宮交ボタニックガーデン青島(旧・宮崎亜熱帯植物園)」と1965(昭和40)年に姉妹植物園になっています。
宮崎偉そうですが、シンガポールの方は敷地面積は約40万平方メートル(東京ドーム13個分)と広大で、青島など足下にも及びません。
しかし、その造園技術や思想を宮崎の当時の植物園関係者が学び、かの宮崎の観光の父・岩切章太郎氏もここを訪れてインスピレーションを得たであろうということで、石田君に連れてきてもらいました。

National Orchid Gardenの入口

複数のエリアに分かれていますが、「National Orchid Garden」のみが有料で、大半のエリアは無料で公開されています。

屋外ステージ

とにかく、広く、美しく、よく手入れされた植物園で、子ども連れなどで弁当持ってピクニックするには最高の場所だなと感じました。

上の写真の奥に白く写る建物は野外音楽堂で、ここを使ってコンサートなどもよく開かれているのだとか。

四阿

緑の中に建つ雰囲気の良い白い四阿では、ウエディング衣装のカップルが記念撮影を行っていました。

オオオニバス

池の中のオオオニバス。葉の直径1mほど。
リアルな花は初めて見ました。

5$札の樹

園内散策の途中、広場にあった柵で囲まれたこの樹は、5ドル札に描かれている樹だと教えて貰ったので、写真に撮りました。
テンブス(Tembus)という種類で、この樹はシンガポールの遺産木(Heritage Tree)に選定されているみたいです。
以前は幹に触ることもできたらしいのですが、今は保護のためか柵で囲われて近づけないようになっています。

5$札

後日、石田君が5ドル札の写真を送ってくれたのですが、まさにこの木(枝)でした。

池の中の彫刻

シンガポールは、「ガーデン・シティ」という都市ビジョンを掲げて、快適で清潔な都市というイメージを対外的に発信し、外からの投資を呼び込むことで発展してきました。
最近ではこれを更に進めて、「シティ・イン・ザ・ガーデン」という、都市全体がまるで庭園の中にあるようなイメージを訴える都市ビジョンに変更しています。
その流れの中で、ベイ・サウス・エリアにガーデンズ・バイ・ザ・ベイやマリーナ・ベイ・サンズといった広大な庭園と巨大建造物の未来的な景観が造られています。
こうした流れの源流が、このシンガポール植物園にあり、かつて「大地に絵をかく」と言って宮崎の景観づくりに邁進した岩切章太郎氏も、この地に少なからず影響を受けたのだろうと思います。
今、観光面ではインバウンドの増加を目指す宮崎ですが、当時の原点に戻って、景観づくりを見直す時期に来ているのかもしれないなと、園内で感じた次第です。



小休止


石田君のマンションから

早朝に空港に着いてから植物園まで、荷物を石田君の車に積みっぱなしのままだったので、泊めてもらうことになっている石田君のマンションに荷物を置きに戻ることにしました。

シンガポールの繁華街オーチャードにも近い、便利なところにありました。
1階にはプールやトレーニングジムもあり、コンシェルジュが常駐するという高級マンションの10階に石田君の部屋があります。
ゲストルームにトイレとシャワーも付いているという充実ぶり。
荷物をほどき、シャワーを浴びて着替えてからしばし小休止。

眼下では、新しくできるという地下鉄駅の工事が進んでいます。

小休止終わって、再びでかけることになりました。
次は、地下鉄に乗っての移動になるので、石田君がチャージ済みのez-Linkカードを貸してくれました。日本で言うところのSuicaやPASMOみたいなものです。
何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ない。

library@orchard


library@orchard入口

石田君と事前に行きたい場所を打合せしていた際に、「図書館はいいの?」と聞かれました。
流石は級友、私が社会教育論専攻で、図書館の勉強していて、卒業後も図書館のことばかり言い続けていたことをよく覚えていてくれてます。

library@orchard平面図

ということで、石田君のマンションから最寄りの地下鉄駅「Somerset (サマセット)」に徒歩で向かう途中、「Orchard Gateway(オーチャード・ゲイトウェイ)」という駅に直結したビルの3階と4階にあるlibrary@orchard」に案内されました。
ここは、国立図書館の27ある分館のひとつになりますが、シンガポールは都市国家なので、日本だと市町村立図書館レベルの、住民への直接サービスをメインとする図書館と考えて良さそうです。

入口から続く雑誌架

3階は「STUDIO」と呼ばれるエリアで、入口から奥へ進むと、左手には雑誌がずらりと並んでいます。
ざっと見ても200種はありそうで、なかなか壮観です。

ガラス張りの学習室とオープンスペース

雑誌架の反対側には、このようにガラス張りの学習室やイベント用のオープンスペースがあります。

曲線を描く書架

奥へ進むと、4階の天井まで吹き抜けになったスペースに書架が配置されていました。
白を基調として、曲線を描くように作られた書架で、見通しは悪いのですが、デザインとしては面白いと思いました。

真壁際の高書架

壁際は、9段ある高書架。
写真の奥に、高い場所にある本を取るための移動式のはしごが見えます。

上から見た書架配置

書架の配置は、上から見た写真の方がわかりやすいですね。
4階に上る階段の踊り場から撮りました。

配架ラベル

小説の書架の配架ラベルは、こんな感じで貼られていました。
「KUZ」というのは著者名(この場合はKuzneski)の頭3文字で、その下にある赤い銃のマークは、ジャンル(この場合はミステリーでしょうか)を表していると思われます。

階段下のCD架

4階へ上がる階段の下のスペースも有効に利用してCDやDVDが収納されています。
ここも白を基調として、曲線を生かしたデザインで統一されています。

CD架

横向きに並べるというのは、背ラベルが縦書きの日本では無い発想だなと思いました。
モダンでスタイリッシュな感じですよね。

階段状のフリースペース

一角には、階段状になったフリースペースがあり、利用者が思い思いに陣取っていました。

3階のStudioを上から

ここも、上から見るとこんな感じ。
場合によっては、ここでちょっとしたイベントが催されたりするのかもしれません。

4階の閲覧席

4階は「LOFT」と名付けられたエリアになっています。
窓際には、こんな風に外を向いた椅子が。

個室ブース

書架の間のところどころには、こんな感じで視線を遮ることの出来る個室ブースもありました。
なんかイモ貝みたいで、波打つ書架といい、海のイメージを感じました。

4階の書架

4階に設置されていた書架。
側面に面展示できるスペースがあり、その上部に「Lifestyle」という文字、下部にピクトサインがライトアップされていて、収納された資料のジャンルがわかるようになっています。
これもオシャレ。

j自動貸出機

出入口付近に置かれていた自動貸出用の端末。

BDSのゲート

BDS(Book Detection System)のゲートまでオシャレ。

東京で言うなら銀座のような繁華街のビルの中にあるlibrary@orchard」は、全体がきちんとデザインされていて、オシャレで流行の先端という感じ。
利用者も、若い世代が多い感じがしました。蔵書構成もおそらくそういう世代向けになっているのかもしれません。
それにしても、クリエイティブな刺激を受けることのできた図書館でした。



National Library


National Library入口

続いて地下鉄で「Bugis (ブギス)」に向かい、そこから歩いてすぐの「National Library」へ。

地下1階、地上13階の建物全てが国立図書館とその一部門の公文書館で、7〜13階は「Lee Kong Chian Reference Library」という調べ物専門の図書館、それ以外が「Central Lending Library」(公共図書館)になっているようです。

この日は時間も無かったので、地下1階にあるパブリックスペースへ。
こちらは、library@orchard」と違って、書架の配置などもシンプル。
利用者も多く、どこにカメラを向けても利用者がしっかりと写り込んででしまうので、ついつい写真を撮るのを遠慮してしまいました。

子ども室入口

そんな中でも目に付いたのが、子ども室の入口。
ここまでデコラティブに作り込んだところは、日本でもなかなかないでしょう。
子どもはわくわく喜びそう。

子ども室内部

子ども室の中央には、天井まで枝を伸ばす樹を模した一段高いスペースがあり、上がって絵本を広げたりできるようになっていました。
天井や床のカーペットは緑色基調にまとめられていて、室内全体が森の中をモチーフにしているようです。

しかし、子どもも連れずにおじさんがひとりカメラを構えている図は、利用者にとって怪しいだけなので、通報される前に早々に退散しました。

図書館戦争

館内をぶらぶらしていたら、外国文学の書架で『図書館戦争』(有川浩著)の中国語版を発見。シンガポールでこの世界がどのように読まれているのか興味深い。

この書架の近くには、世界各国のマンガを集めた書架もありました。

新聞コーナー

こちらは写真の上部に見える「eNewspapers」の文字からわかるように新聞閲覧コーナー。
紙の新聞ではなくて、閲覧用のPC端末が並んでいるところが時代を映していますね。

地下のパブリックスペース自体はさほど広いわけではありませんが、それなりに利用者も多く賑わっていました。
国立図書館としての役割は、もっと違うところにたくさんあるのでしょうが、この日はこれでおしまい。

次は、ちょっと遅めの昼食に向かいます。
それにしても、石田君から、
「植物園ではほとんど花の写真撮らんのに、図書館だと撮りまくるのぉ。日高らしいわ。」
と言われてしまいました。司書の性ってやつですかね。



「その5 肉骨茶〜アラブストリート〜チャイナタウン」に続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1187)




「その2 羽田空港→チャンギ国際空港」から続く。

チャンギ国際空港まで迎えに来てくれた石田君の車に乗って、早速、シンガポール観光へ出発。

石田君の車は、会社から支給されている日本車でしたが、シンガポールは国土が狭いために車の総量規制を行っているので、そもそも車を輸入する際に100%の関税がかかるのだとか。つまり、日本で400万円の車は、シンガポールでは800万円になる訳ですね。
その上で、COEという権利証を電子入札で落札しなければ登録ができなかったり、高い所有税がかかったりします。
あと、電子式道路課金制度(ERP)と言って、日本の高速道路のETCみたいなのが中心部の混雑する道路に設けられていて、時間帯や曜日によって自動的に課金されるシステムがあるので、シンガポールで車を持つというのは、かなりのコストを覚悟しなければなりません。
だから、石田君みたいな社用族を除くと、お金持ちしか車を持てないので、高級車が多いのも特徴。ポルシェとかフェラーリとか、普通に走ってます。

一方でシンガポール政府は、バスや地下鉄といった公共交通機関の整備に力を入れていて、あちこちで新しい地下鉄の路線の整備が行われておりました。
将来的には10世帯中8世帯は、徒歩10分圏内に電車の駅がある状態を目指しているらしいです。

そんな話を聞きながら、車はシンガポール中心部のベイエリアへ。

Merlion (マーライオン)



今回、「どこに行きたい?」という事前の石田君の問いに、「マリーナ・ベイ・サンズとセントーサのカジノとガーデンズ・バイ・ザ・ベイには前回(5年前に出張で来ました)に行ったことがあるので、それ以外で。」というリクエストを出していました。

マーライオンとマリーナベイサンズ

『マーライオン(Merlion)』には前回にも訪れているのですが、シンガポールのシンボルでもあるので、まずは最初にということで、ご挨拶かたがた写真撮影に。
やはり、この姿を見ると、シンガポールに来たなっていう気になりますね。

マーライオンと2ショット

普段は観光客でごった返す場所ですが、この日はまだ朝早い時間だったこともあり、中国人の観光客がちょっといただけで、ゆっくり写真が撮れました。




Thian Hock Keng (天福宮)


天福宮

続いて案内されたのは、マーライオンからほど近い、チャイナタウンの一角にある「Thian Hock Keng (天福宮)」

何でもシンガポール最古(1840年建立)の中国寺院で、海の女神(天后聖女)である媽祖が祀られているとのこと。

天福宮

内部は撮影禁止だったので写真はありませんが、中国南部の伝統的な建築様式で建てられており、龍や鳳凰などの彫刻があちこちを飾っていました。

天福宮と高層ビル

今は内陸部に建つ天福宮ですが、海の神様が祀られているということは、昔はこの近くまで海が迫っていて、航海の安全を願って人々が詣っていたのだろうと思います。
高層ビルとの対比が面白くて、1枚ぱちり。



Tiong Bahru Market (チョンバル・マーケット)


チョンバル・マーケット

次に案内されたのは、シンガポールの中でも最古の住宅街チョンバルの中にある『Tiong Bahru Market (チョンバル・マーケット)』

2階建てで、1階はウエットマーケット(Wet Market)と言って、野菜や果物、肉、魚、花などの店舗が並ぶ市場になっています。
肉も、鷄、豚、牛とそれぞれ店が別れていて、鷄屋さんだけでも何軒もありました。珍しいところでは、蛙屋さんも。そう、食用の蛙肉を売っているのです。

あちこち写真撮ろうとしたら、その場にいたお兄さんに何か言われたので(中国語ぽかったので聞き取れませんでした)、咎められたのかと思って撮影遠慮してしまいました。
雰囲気は、下記のページに詳しいです。
「チョンバルマーケット(Tiong Bahru Market)の歩き方 完全版」

とにかく何でも揃っている感じでしたが、精肉や魚などは午前中のうちに売り切れて店じまいするみたいなので、雰囲気味わうなら午前中の早い時間に行くのが良いようです。



蛇皮果!?


サラク

果物屋の店頭でみかけた、爬虫類の皮のような外見の果物。
これまで見たことが無かったので、Googleレンズで調べてみたら、「サラク(Salak)」というヤシ科の植物の実でした。

この外見から、英語では「Snakefruit」、中国語では「蛇皮果」と言うようです。

サラクの中身

石田君が試食用に2個だけ買って渡してくれたので、その場で皮を剥いたら、こんな感じ。果肉は黄白色をしています。

食感は、割としっかりとしていて、固めの柿と梨の中間みたいな感じでしょうか。
味は、あっさりとした甘みで、酸味とかすかな苦みも感じます。外見に似合わず、なかなか美味しかったですよ。


ホーカーズで鹵麺


チョンバルマーケット2階

チョンバル・マーケットの2階は、現地で「ホーカーズ」と呼ぶ、たくさんの飲食店が集まったフードコートになっています。

鹵麺178

見学がてら朝食として何か食べようということになり、石田セレクトは、「鹵麺 (Lor Mee)178」というお店。
「鹵麺 (Lor Mee)」(「Loh Mee」と書く場合もあり)というのは、中華料理とマレー料理のフュージョン的な麺料理で、茹でた黄色い玉子麺に魚介出汁のあんをかけた、あんかけそばみたいな感じです。
このお店では、1杯S$3(約240円)で、サメ肉のフリットをトッピングしてもS$4(約320円)とリーズナブル。

受け取ったら、店頭にある唐辛子やにんにく、香菜、黒酢、チリソースなどをかけて好みの味に仕上げます。

鹵麺

こちらの麺は、平打ちの太麺で、もやし、天かす、かまぼこ、チャーシューと具だくさん。もちろん、カリッと揚がったサメのフリットも載せました。
緩めの餡でとじられたスープはコクもあり、五香粉の香りもして、個人的にはかなり美味しいと感じられる麺料理でした。

朝食代わりの鹵麺を食べ終えたら、次の場所へ移動です。

「その4 シンガポール植物園〜小休止〜図書館探訪」に続く。
  • コメント (0)
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1388)




GoogleTranslator
ブログ カレンダー
« « 2020 5月 » »
26 27 28 29 30 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 1 2 3 4 5 6
本の購入はこちらから
カテゴリ一覧
もう読んだ?