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徒然日記 - 映画カテゴリのエントリ

DUNE / デューン 砂の惑星

カテゴリ : 
映画
執筆 : 
Dice 2021-10-26 17:37


週休日の火曜、予定していたWebセミナーが流れてぽっかりと時間が空いたので、これ幸いとシネマイクスピアリに映画を観に行ってきました。

数ある上映中作品の中から今回選んだのは、『DUNE / デューン 砂の惑星』

原作は、1965年に発表されたフランク・ハーバートのSF小説"Dune"(邦題は『砂の惑星/デューン』。
砂に覆われた惑星アラキス(通称デューン)を舞台に、銀河帝国を治める皇帝と、その臣下であるハルコネン家とアトレイデス家の三つ巴の権力闘争を縦軸として展開される一大叙事詩です。
後のいろいろな作家や作品に影響を与えた小説で、宮崎駿もその一人であることは間違いないと思います。この映画を観て、宮崎駿的な匂いを感じる人も少なくないことでしょう。

何度か映画化が試みられたのですが、原作のあまりの壮大さに制作が難航し、最終的にデイビッド・リンチ監督で映画化されたのが1984年。
ポリスのボーカルだったスティングがハルコネン家の一員として出演しており、ポリス好きだった私も劇場まで足を運びましたが、壮大な物語を2時間の枠の中に収めるためにかなり無理な編集をしていてわかりづらく、いまいちな仕上がりでした。

今回の映画は、『ブレードランナー 2049』(2017年)の監督を務めたドゥニ・ヴィルヌーヴが監督したもので、155分の作品ですが、映画の冒頭で"Dune: Part One"と表示され、1作では完結しないことが知らされます。
本作の公開前は続編の作製にゴーサインが出ていなかったので、私も含め1話で完結しないことを知らなかった観客が大半で、そこで評価が低くなったりもしていますが、デイビッド・リンチ版より格段にわかりやすく(それでも原作を知らないとわかりづらい面もありますが)、SFX、衣装やメカのデザイン、音楽なども壮大で、よく出来ていると思います。

しかし、重層的で壮大な物語のほんのさわりの部分で本作品は終わってしまうので、その点では不満が残るでしょうね。
一応、2023年10月に"Dune: Part Two"が公開されることは決まっているようなので、次作の公開が待ち遠しいです。

フランク・ハーバートの砂の惑星シリーズは、1965年の"Dune"から1985年の"Chapterhouse : Dune"(『デューン/砂丘の大聖堂』)まで6作(更にその息子のブライアン・ハーバートとケヴィン・J・アンダーソンとの共作で派生作品が10作以上)あるので、2作と言わず、STAR WARSシリーズのように長く続くシリーズになって欲しいなと思います。
それだけのポテンシャルのある作品であると、本作を観て強く感じました。
 
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久々に時間の取れた週休日、浦安市立図書館は相変わらず書架への立入や調査閲覧席の利用ができないため調べ物はできず、浦安総合運動公園のプールも閉まっているのでスイミングもできずで、仕方なくシネマイクスピアリで映画を観ることにしました。
数あるラインナップの中から選んだのは、ジョニー・デップ主演で話題の映画『MINAMATA −ミナマタ−』
石牟礼道子の『苦海浄土』を読んだのは中学の頃だったでしょうか。宮崎の隣県・熊本の歴史でもあり、今観るべき映画はこれしか無いかなと思った次第。

日曜日ということもあって、イクスピアリはそれなりの人出でしたが、11時10分から上映された『MINAMATA −ミナマタ−』の客入りは20名ほどだったでしょうか。コロナ下とはいえ、なかなか厳しいなと思いました。
これがジョニー・デップ主演でなければ、もっと少なかったかもしれません。

日本の四大公害病のひとつである水俣病は、日本窒素肥料株式会社(チッソ)が無処理のまま水俣湾に垂れ流した工場排水に含まれていた有機水銀による中毒症で、今なお症状に苦しむ人がいる一方で、公害対策は進み、1997年に熊本県知事が水俣湾の安全宣言を出して漁業も再開されたので、若い世代を中心に次第にその記憶が薄れていっている現実があるのは否めません。

熊本県、特に水俣市にとっては黒歴史ですから、忘れたい、蒸し返して欲しくない、そっとしておいて欲しいという感情があるのも事実で、この映画の撮影や公開に当たっての地元(特に行政サイド)の反応には、どちらかと言うと上記の感情の反映が強くあったように伝わってきています。

そうした地元感情は、この映画の主人公であるユージン・スミスが水俣の地を訪れた時にもあり、公害の被害については知って欲しいけど、自分や家族のことは表に出したくないという患者やその家族を前に、ユージンがどのようにその壁を乗り越えて行ったのかがこの映画の骨子としてあります。
決して聖人君子ではなく、フォトジャーナリストとして傷を抱え、家族を失って自棄的になっていたユージンの、喪失からの再生の物語としても読めるでしょう。

誰もが世界に向けた情報を発信することが可能な現代と違って、1枚の写真とそれを掲載するメディアが大きな力を盛っていた時代に、千の言葉にも勝る写真の力を信じるカメラマン、編集者、被写体となる人々の強い思いが伝わってきます。

決して後味の良い映画ではありません。映画は終わっても、水俣病の苦しみはなお続いており、エンドロールで世界中で同様の苦しみが繰り返されていることが示されます。
この悲劇を繰り返してはならない、そういう思いが、ジョニー・デップをしてこの映画を製作させ主演させたのでしょう。

受け止め方は様々にあると思いますが、私のようにこの映画が描いたのと同じ時代を生きてきた者ばかりではなく、若い世代にこそこの映画を観て欲しいと思いました。
人間がいかに愚かであるかを知るために。そして、その愚かさを乗り越えるために。
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ドキュメンタリー映画「塩月桃甫」

カテゴリ : 
映画
執筆 : 
Dice 2021-6-10 21:30


宮崎出身の画家で、約100年前に台湾に渡り、台湾美術界に多大な貢献をなした塩月桃甫。
そのドキュメンタリー映画「塩月桃甫」が完成して、各地で上映が行われることになり、東京(関東)では、6月6日(日)に大手町サンケイプラザで上映会が行われるということで、出かけることにしました。

本来、この日は宮崎出張の予定が入っていて、観に行けないなと思っていたのですが、コロナ禍の影響で出張がキャンセルになって行けることになり、問い合わせ先の一般社団法人台湾協会にメールしてみたところ、既に13時からの1回目は満席でしたが、15時からの2回目の席が確保できました。

脚本・監督は、蝶の画家としても有名な、延岡出身の気鋭のアーティスト小松孝英さん。
以前、日南市飫肥で開催されたDENKEN WEEKでお目にかかったことがありますが、当日は、会場にもお見えになっていました。

小松さんは、台湾で桃甫の名前を聞く機会が多く関心を持っていたところに、宮崎県児湯郡の骨董屋で桃甫の描いた台湾原住民族(先住民)の油絵(後に「ロボ」というタイトルと判明)に出会い、桃甫のことを調べるようになったとのこと。

桃甫が台湾に渡ったのは、1921(大正10)年。日本では大正デモクラシーが盛んになる時代ですが、そこから1945(昭和20)年の敗戦まで、桃甫は台湾を舞台に絵を描きつつ、美術教育に携わりました。

小松さんの関心は、台湾も次第に日本の戦時体制に組み込まれ皇民化教育が進む中で、画家として(あるいは教育者として)、どのように自らの「自由」を維持できたのかという点にあり、台湾や日本で桃甫を知るたくさんの人々にインタビューを重ねて行きます。

しかし、桃甫が訪台して既に100年。当時を直接知る人が次第に少なくなる中で、このドキュメンタリーの撮影は、本当に最後のチャンスだった気がします。

私も桃甫の絵は宮崎県立図書館で鑑賞したことがあり、その存在は知っていましたが、今回このドキュメンタリーを観ることで、初めて知ることがたくさんありました。
宮崎ガス(株)の塩月光夫会長が桃甫のお孫さんだったというのも驚き。

ところで、中村地平が宮崎県立図書館長だった時代、当時の図書館は昭和26(1951)年5月に増築工事が完了し、「花と絵のある図書館」と呼ばれたのですが、その会議室には塩月桃甫の絵が飾られていたという記録があります(その絵は、1959(昭和34)年に起きた県立図書館の火災で焼失したと思われます)。

その記録を見た時には、単に桃甫が宮崎在住の画家だったからだろうと軽く考えていたのですが、このドキュメンタリーで、地平が桃甫の台湾時代の教え子であり、桃甫が敗戦後に台湾から引き揚げてきて赤貧の生活を送っていた時代に、地平が支援の手を差し伸べていたということを知り、桃甫の絵が県立図書館にあった意味の重さが増した気がしました。

今後、宮崎や福岡で上映会が開催される予定(スケジュールは公式サイトで)ですので、たくさんの方に見ていただくのはもちろん、この映画自体を宮崎県立図書館でアーカイブして、桃甫の収蔵作品とともに展示して欲しいなと思う次第です。
 
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今、図書館関係者の間で話題の映画、『パブリック 図書館の奇跡』を、仕事帰りに新宿の「新宿武蔵野館」で観てきました。

アメリカ・オハイオ州のシンシナティにある公共図書館を舞台に、大寒波の夜に緊急避難のシェルターとして図書館に立てこもったホームレス達と、それに巻き込まれた図書館員達の物語です。

監督・主演を努めるエミリオ・エステベスが、ある公共図書館の元副理事がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイにインスピレーションを得て、11年もの年月をかけて作り上げたこの映画、図書館が舞台なので、アメリカに限らず日本も含めて、公共図書館が抱える極めて現代的な課題が描かれます。

しかし、この映画の真の主題は「図書館」ではなくて、タイトルにある「パブリック」の部分にあります。
「パブリック(public)」とは、「公衆」「大衆」といった人々の集合体を指すと共に、「公の」「公共の」「公的な」といった意味があります。
たくさんの人々が集まる場では、必ず、それぞれの個人が持つ価値観の対立があり、それらの価値観のどれを優先させるのかという選択を迫られることが少なくありません。
その選択の連続の末に、「社会」という枠組みを作り上げていく営みが政治であったり、行政であったりする訳です。

こっちの価値観を取り、こっちの価値観を捨てるという選択の場面では、どちらかが正しく、どちらかが正しくない(間違っている)という単純な二者択一ではなく、どちらも間違ってはいないが、この場面では最大多数の最大幸福という功利主義的な観点から、こちらの道を取らざるを得ないみたいなことが少なくありません。
その時、一方の価値観を単純に否定して切り捨てるのではなく、その価値観に対して違う機会になったとしても別の救済策を示せるのかどうか、いったんは切り捨てられることになる少数派や弱者に寄り添えるのかどうかが課題となるでしょう。

コメディタッチで気楽に観られる映画ですが、爽快なエンディングの後に、そういうことを考えさせる深みと広がりを持っています。
それ故に、最初は限られた上映館が次第に広がって行っているのだろうなと思います。

図書館関係者に限らず、多くの方に、特に公務員など「公共」の仕事に携わっている方に観ていただきたい映画です。
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引っ越しの荷物もまだ完全に片付いてなくて、年賀状の宛名書きもまだ終わってなくて、書くべき記事も溜まっていて、このブログに連載中のシンガポール旅行記も、帰ってきて1ヶ月以上経つのにまだ途中という状況なのに、思いついてレイトショーで観に行ってきました『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

何しろ、1977年公開の第一作(エピソード4/新たなる希望)から42年の歳月を経て、今回のエピソード9で一代叙事詩が完結するとあっては、行かない訳にはいかないでしょう。

年末進行の慌ただしい中、細かいこと言わず、肩肘張らずに観るには良い映画でしたよ。
今回、こっそりと出演も果たしているJ・J・エイブラムス監督がうまく最後をまとめて、積み残された謎が全て解き明かされ、帝制に圧倒されかけていた共和制が見事復活を遂げる大団円。
いいじゃないですか、ねぇ。

しかし、見終わってよくよく考えるに、フォースの暗黒面が完全に消えさった訳ではなく、銀河の混沌も相変わらずなので(そもそも、これだけ広い銀河が、ひとつの政治体制の中に収まりきれる訳がない)、これで銀河の共和制が続くよね、良かったね、とはならない気がするのです。

どんな政治体制であっても不満を持つ者はいるし、最初は良くても必ず綻びは出るし、権力は必ず腐敗するしで、復活した共和制も未来永劫では無い。
そうなると、次第に混沌としてきて、そこに強いリーダーを求める声や野心が生まれ、帝制の種が芽吹くことになる訳ですね。
そうして、「スター・ウォーズ」の世界は、再びエピソード1から繰り返されるということになりはしないのか。それもエンドレスに。

広大な宇宙を舞台にした壮大なファンタジーですが、人の心の持つ表と裏、明と暗、その間で揺れる葛藤を描きつつ、人類史の古代から連綿と続いてきた政治史を新たな形で切り出して見せたこのシリーズ、今後もスピンアウト作品がいろいろと出てきそうなので、まだまだ楽しめそうです。

日本のパルパティーンとなりつつある某首相は、観ないのかな!?
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悪はどこから産まれるのか − 映画「JOKER」

カテゴリ : 
映画
執筆 : 
Dice 2019-10-15 19:00


ブレイブ・ブロッサムズがスコットランド代表に勝利して決勝トーナメント進出を決めた夜、宮崎セントラルシネマのラストショーで、映画「JOKER」を観てきました。

間違いなく名作ですが、ある意味危険性を帯びた、観る人によっては負のインパクトを与えかねない映画でもあります。

ジョーカー(JOKER)は、アメコミのヒーローバットマン(BATMAN)の敵役で、過去にバットマンが映画化された際も様々な役者がJOKERを演じています。

記憶に新しいところでは、『ダークナイト(Dark Night』(2008年)の際のヒース・レジャー。この時の演技はまさに怪演という言葉にふさわしく、鬼気迫るものがありました。
残念ながらヒース・レジャーは、この役を演じた後、オーバードースで亡くなってしまいました。
全身全霊をJOKERという役に捧げ、JOKERの呪縛から逃れられなくなってしまったのかもしれません。

そして今回、JOKERを演じているのは、ホアキン・フェニックス。故リバー・フェニックス(1993年にオーバードースで死亡)の弟ですな。
この役のために20kg以上減量して臨んだということですが、これがまた怪演。
正常と異常、正気と狂気の狭間にある男の怯え、苦悩、幻想、憤怒、解放といった心の襞々のところを見事に演じきっています。アカデミー主演男優賞候補になるのは間違いないでしょう。ひょっとするとオスカー獲るかも。

この映画、バットマンのプロットを借りてはいますが、バットマン映画ではありません。スピンオフ作品ともちと違う。
閉塞した社会の底辺でもがきながら生きる人々の虚無感、富める人と持たざる人の対比、澱のように溜まっていく社会や権力への不満などを描きつつ、そこから殻を破るため破壊的衝動=悪が産まれていく様を描いた映画だと言えるでしょう。

それと、銃器の持つ絶対的な暴力性も。
銃を手にすることで、善良だったはずの人間が暴力性を持ちうることを教えてくれます。銃の持つ力は、麻薬と同じなのかもしれません。

今、観るべき映画なのは間違いありませんが、決して後味の良い映画ではありませんし、承認欲求が満たされずに不満を抱え込んでいる人が観ると、その不満を爆発させるトリガーを引いてしまいかねない怖さがあります。
特に銃器社会アメリカではその懸念が強いので、注意喚起を行っている劇場もあるとか。

飼い慣らされた羊ばかりになった今の日本では、逆にこれくらいの刺激は必要なのかもしれませんけどね。破壊的衝動の矛先が弱者に向かわなければ。
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浦安に帰るのに機内でのAVサービスが無いJetStarを使ったので、Kindle Fireに何か映画ダウンロードして行こうと思って選んだのが、『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』
2014年のアメリカ映画で、日本公開は2015年2月らしいけど、全く知りませんでした。
Amazon Prime Videoで何にしようか探していて、偶然見つけた、フードアナリスト的選択。

中年男の喪失と再生の物語という定番の構図ではありますが、情弱の主人公カールが下手にTwitterに手を出して大炎上する一方で、9歳になる息子のパーシーがTwitterやVINEなどを駆使して父親を助けるあたり、極めて現代的。

作中で料理を作るカールの手並みはなかなか見事で、作る料理がどれも美味しそう。
特に、フードトラックで売ることになるキューバサンドイッチが実に魅力的で、行く先々の素材でアレンジが変わっていくあたりも料理研究家としては参考になります。

明るくご機嫌なストーリーは、ハッピーエンドの大団円で、観終わって爽快な印象が残りました。

主演のジョン・ファヴローは、この映画の監督、脚本、制作も兼ねていて、実は『アイアンマン』と『アイアンマン2』の監督でもあるというから驚き。
『アイアンマン』で成功し、『アイアンマン2』でこけて批評から酷評喰らった経験が、この映画にもちりばめられているという話もありますが、ジョン・ファブローが楽しんで作っていることがよくわかります。
ほとんど自主制作みたいな低予算映画らしいですが、ダスティン・ホフマン、ロバート・ダウニー・Jr、スカーレット・ヨハンソンなど大物俳優が脇を固めるのも、ジョン・ファブローの人徳なんでしょうか。
この映画の大成功の後、ハリウッドで復活を果たし、監督最近作は今話題の『ライオン・キング』。それを知ると、ますますこの映画の味わいが深くなるというもの。

フードアナリストが観るべき映画ということで★★★★★。
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ボヘミアン・ラプソディ

カテゴリ : 
映画
執筆 : 
Dice 2018-11-27 0:30


観に行ったのは、もう2週間前なんですが、未だ興奮冷めやらず、頭の中でクイーンの楽曲がリピートしまくっている映画『ボヘミアン・ラプソディ』。

思い起こせば、中学生だった私にクイーンを教えてくれたのは、当時仲の良かった樋口君でした。
クイーンの結成は1973年ですから、たぶん、「オペラ座の夜」というアルバムがリリースされた後だったでしょうか。
そう、映画のタイトルにもなっている「ボヘミアン・ラプソディ」が収録されているアルバムですね。

樋口君から教わったものは多く、エラリー・クイーンだったりヴァン・ダインだったりという英米ミステリとか、E・E・スミスのレンズマンシリーズなど英米SFの面白さを教えてくれたのも彼でした。

その樋口君の当時の一番のお気に入りだったクイーンの結成から、ボーカルのフレディ・マーキュリーの死までを描いたこの映画、クイーンの楽曲の素晴らしさはもちろんのこと、完コピとも言われるウェンブリー・スタジアムでのライブ・エイドのシーンなど見どころ満載なのですが、底流には、フレディ・マーキュリーという希代の天才のマイノリティとしての秘めたる孤独が流れているのですね。

天才の孤高と同時に、紆余曲折ありながらも解散に至らない、家族愛的なバンドの結束、相互理解があり、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンという、これまたそれぞれに才能豊かなメンバーとの相乗効果で楽曲が誕生していくシーンが、もうゾクゾクとさせる訳です。

クイーンが10代から20代にかけての青春の中にあった者として、自然と歌詞を声を出さずに口ずさみながら観てましたし、途中から溢れる涙を抑えることができなくて、最後は鼻をぐすぐす言わせてました。
観終わった時は目が赤かったと思うので、レイトショーで良かったなと思いましたね。
そんな感じの、いい映画でした。
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週末、土曜の午前中に歯医者に行った後、雨宿りのために若草hutteに寄った以外は部屋に閉じこもって記事書いたり家事こなしたりしていたので、日曜の夕方になって外に出たい欲求が沸々と湧いてきて、急遽映画を観に行くことにしました。

上映中の映画の中から選んだのは、これ。
「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」



ごちゃごちゃ考えずに気楽に観られるアクション映画ということもありますが、主演のトム・クルーズ、同じ歳なんですよね。彼が1962年7月生まれて、私が3月生まれ。4ヶ月弱しか違わない。
そんな同じ歳の俳優が、身体を張って頑張っている姿を見ると、自分も頑張ろうと思えるじゃないですか。

それにしても、「ミッション:インポッシブル」シリーズもこれで6作目ですか。1996年公開の第1作から22年も経つなんて、トム、よく頑張ります。
さすがに、アップの画とか見ると、トムも年取ったなと思いますが、今でも大半のアクションをスタント無しで自分でこなしているという話ですし、そのプロ意識には頭が下がります。
なんでも、この作品の撮影中、ビルからビルに飛び移るシーンの撮影で、骨折しちゃったんだとか。そこまでやりますか?普通。

ストーリー的には、シリーズ集大成みたいな感じで、あの人は2作ぶりに出てきちゃうし、あの人は殺されちゃうし、そろそろ幕引き考えてるのかなとも思ったりもしましたが、騙し騙されどんでん返しの構図は相変わらずで、ドキドキ・ハラハラ最後まで楽しませてもらいました。

さて、同じ歳のトムに負けないように、明日からも頑張ろう!
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映画『ハン・ソロ』

カテゴリ : 
映画
執筆 : 
Dice 2018-7-7 17:34
このところ映画観てないと思って考えてみたら、3月に飫肥で「人生フルーツ」観て以来、映画館に行けていませんでした。


観たい映画は続々と上映されているのですが、これではいかんと、仕事帰りの電車の中で予約を入れて、レイトショーで観てきたのがこれ。



STAR WARSシリーズの最新作で、サブストーリーに当たる「ハン・ソロ」
本編ではハリソン・フォードが演じているハン・ソロの若き日々を描いたスピンオフ作品です。

カンヌ映画祭でパルムドールを獲った是枝裕和監督の「万引家族」とどっちにしようか悩んだんですが、雨でジメジメした日には、スカッとした映画の方が良いね、という単純な理由だけでこっちにしました。

もうこういう映画は、細々したこと言わずに、楽しめば良いので、観るのも気が楽ですよね。
ハンがソロになって、チューバッカと出会い、ミレニアムファルコンを所有するようになるまでの冒険活劇、単純に楽しませていただきました。

まだ余韻のある終わり方なので、このハン・ソロだけでシリーズ3本くらいは作れそうな感じですね。そういう意味では、うまいなぁ、ディズニー。

それはそうと、宮崎セントラルシネマのあるイオンモール宮崎、増床して初訪問でしたが、いろいろ面白そうな店もできていました。
ただ、特に欲しいものも無いので、こんなことでもなければあえて行くほどでもないかな。
行きは、宮崎駅前からバスで行けたのですが、帰りはバスも無いので歩いて帰りました。雨がさほど降っていなくて幸いでした。
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