徒然日記 - フードアナリストカテゴリのエントリ
2022年最初の読書録は、
昨年末から年明けにかけて全7巻を読んだ『僕はコーヒーがのめない』(福田幸江原作・吉城モカ作画・川島吉彰監修、小学館ビッグコミックス)。
第1巻の初版が2014年7月ということもあって、全巻をコミック版で揃えることができず、5巻までコミック版を中古で買って、6巻と7巻はkindle版になりました。
7年も前のマンガを何故今頃?とお思いになるかも知れませんが、職場で飲むコーヒーのドリップパックをAmazonで検索していた時に、候補の下の方にふと出て来て興味を持ったからなのでした。
何しろ2017年には、神戸のUCCアカデミーまで行ってコーヒーの基礎を勉強してきたくらいのコーヒー好きでもありますし、フードアナリストとしても知識のアップデートが必要なので、とりあえず読んでみようとポチった次第。
本作を監修している川島良彰氏は、コーヒーハンターとして世界50カ国以上のコーヒー農園を渡り歩くコーヒー豆の専門家であり、その知見が本作にも反映されているので、現代のコーヒー事情をよくざっくりと理解する入門書として良くできているなと思います。
豆の焙煎、淹れ方、淹れるための様々な道具とその特性などなどはもちろんのこと、コーヒーの木に花が咲き、実が付いて、それがコーヒー豆となって出荷されるまでのプロセス、コーヒー農園や産出国の事情、フェアトレード、エシカル消費などにも触れられているので、シリーズ7冊読了したら、それなりにコーヒー通になるのは間違いありません。
コーヒー好きな人にもそうでない人にも、楽しんで読んでいただけるマンガです。☆☆☆☆
第1巻の初版が2014年7月ということもあって、全巻をコミック版で揃えることができず、5巻までコミック版を中古で買って、6巻と7巻はkindle版になりました。
7年も前のマンガを何故今頃?とお思いになるかも知れませんが、職場で飲むコーヒーのドリップパックをAmazonで検索していた時に、候補の下の方にふと出て来て興味を持ったからなのでした。
何しろ2017年には、神戸のUCCアカデミーまで行ってコーヒーの基礎を勉強してきたくらいのコーヒー好きでもありますし、フードアナリストとしても知識のアップデートが必要なので、とりあえず読んでみようとポチった次第。
本作を監修している川島良彰氏は、コーヒーハンターとして世界50カ国以上のコーヒー農園を渡り歩くコーヒー豆の専門家であり、その知見が本作にも反映されているので、現代のコーヒー事情をよくざっくりと理解する入門書として良くできているなと思います。
豆の焙煎、淹れ方、淹れるための様々な道具とその特性などなどはもちろんのこと、コーヒーの木に花が咲き、実が付いて、それがコーヒー豆となって出荷されるまでのプロセス、コーヒー農園や産出国の事情、フェアトレード、エシカル消費などにも触れられているので、シリーズ7冊読了したら、それなりにコーヒー通になるのは間違いありません。
コーヒー好きな人にもそうでない人にも、楽しんで読んでいただけるマンガです。☆☆☆☆

日本フードアナリスト協会の紹介でオーダーしておいた無農薬野菜の詰め合わせセットが、先日届きました。
開けてみると、岩手県八幡平市の野菜で、白菜、ちぢみほうれん草、ちぢみ小松菜、紅大根、ミニトマト、ホワイトマッシュルーム、味付ゆでたまご、温泉卵といったラインナップ。
これは、岩手県盛岡市に本社のある「注文の多い食材店」が手がける産直品なのですが、野菜と一緒に「食財定期便事業サービス終了のお知らせ」と題する紙1枚。
なんでも、新型コロナの影響で生産者との打ち合わせができなくなったので、3月配送分をもって食材定期便事業を中止するとのこと。
これまで苦労して生産者さん達との関係や販路を築いて来られたであろうに、残念。コロナが終息したら、再開されることを祈ります。

それはさておき、早速届いた野菜で料理です。
まずは、この「ちぢみほうれん草」を使います。
土が付いているので、よく洗って、1枚1枚ばらしておきます。根っこのところも勿体ないのでよく洗って、4つくらいに切り分けておきます。

ホワイトマッシュルームは、2〜3mmのスライスに。

トッピング用の味付ゆでたまごは、殻をむいて2つに切っておきます。
ついでに、ベーコンも2〜3枚、2cmほどの幅に切っておきます。
続いて、プレーンヨーグルト大さじ3とマヨネーズ大さじ1を混ぜ合わせておきます。

フライパンにオリーブオイルを入れて火を付け、ベーコンを投入。
ほどよく炒まったところでスライスしたホワイトマッシュルームとちぢみほうれん草を入れて、軽く塩・胡椒をして炒めます(後でソースをかけるので薄味で)。
炒まったら皿に盛り付け、ゆでたまごをトッピングして、ヨーグルトとマヨネーズのソースをかけ回し、たまたま冷蔵庫にあったゴーダチーズを削りかけたら、「ちぢみほうれん草とホワイトマッシュルームの温サラダ」のできあがり!
ちぢみほうれん草が甘くて味が深く、ホワイトマッシュルームも良いアクセントに。
ゆでたまごは無くても成立する料理ですが、ちょっとボリューム感を持たせるのと彩りでトッピングしてみたところ、ほんのりとした塩加減も良く、前菜としてなかなか美味しいサラダになりました。
前稿の公開後、これまた我が焼酎の師の一人、小田原在住の稲葉さんから、下記のとおり新たな情報をいただきました。
「私は、焼酎が夏の季語になったのは、江戸時代における『本直し』の位置付けによるものではないかと理解してきました。
本直しは、みりんに焼酎を割ったもので、江戸時代には暑気ばらいの代表的な飲みものとして認識されていました。」
『本直し』、またまた私にとって未知の言葉が出てきましたが、なかなか興味深い内容なので、調べてみることにしました。
まずは、Googleで「本直し みりん」で検索かけてみると、Wikipediaを筆頭に、みりん屋さんのサイト、日本酒の蔵元のサイト、食文化関係のサイトなどいろいろと出てきますので、ざっと見て概要をおさらい。
「本直し」は、「柳蔭」とも呼ばれていたことがわかりましたが、俳句の世界で「柳陰」という言葉は、春の季語になっています。
上方落語の「青菜」という演目に「柳蔭」が登場するというので、まずは「青菜」を聞いてみることにしました。
YouTubeで探すと、いろんな噺家さんが演じてらっしゃいますが、まずは故・五代目柳家小さんから。
旦那さんが植木屋さんに振る舞うのが、大阪の友人からいただいた「柳蔭」で、江戸っ子の植木屋さんは「これは『直し』というものでは?」と問うやり取りが、冒頭の部分で語られます。
もともとこの演目、上方落語のものということなので、大阪の噺家を代表して、私の大好きな噺家で若くして亡くなった、故・2代目桂枝雀のものも聞いてみましょう。
枝雀45歳、最盛期の語り口、最高ですね。
「柳蔭」は、暑い盛りに暑気払いとして井戸で冷たく冷やして飲むもので、みりんが入っているということがわかります。
みりんは元々、蒸したもち米に米麹を混ぜ、焼酎を加えて熟成させ、圧搾、濾過して造られたもので、アルコール度数14%前後の甘みの強い飲料として親しまれていました。
それが、次第に料理に用いられるようになって、今では調味料としての用途の方が主流になっていますが、本みりんを実際に飲んでみると、なかなかに美味しく、その甘い飲み口は、食前酒などに向いているのではないかと思います。
ただ、さすがに糖度が高くたくさんは飲めないので、これに焼酎を加えて糖度を下げて飲みやすくした「柳蔭」や「本直し(直し)」が、江戸時代には庶民の間でも飲まれていたということなのでしょう。
調査を進めて行くと、江戸時代末期の文化7(1810)年に大坂で生まれた喜田川守貞(季荘)が著した近世風俗書『守貞謾稿』に、本直しが夏に飲まれていたという記述があるらしいことがわかったので、またもや国立国会図書館のデジタルコレクションのお世話になって、『守貞謾稿』を片っ端からめくってみました。

すると、最後の方の『守貞謾稿. 後集巻1』の18コマ目のところに、
「京坂夏月には夏銘酒柳蔭と云ふを専用す
江戸は本直しと号し味琳と焼酎を大略これを半ばに合わせ用ふ
「ホンナホシ」「ヤナギカケ」、ともに冷酒にて飲むなり」
と書かれている部分を発見しました。
確かに江戸時代末期には、「柳蔭」あるいは「本直し」が、夏の暑い時期に冷やして飲まれていたことは確かなようです。
この記述に続いて、「焼酎」についての記載があり、そこには、
「酒粕に籾を交へ蒸し」
とあって、当時の焼酎が前稿(下)で與さんに教えていただいた粕取焼酎であったことがわかります。
夏の時季に飲まれていたのは、「焼酎」が先なのか、「柳蔭(本直し)」が先なのかはよくわかりませんが、製造の歴史からすると、やはり「粕取焼酎」が季語の元になったという説の方が有力ではないかと思われます。

それはさておき、未知なる「柳蔭(本直し)」は、一度飲んでおかねばなりません。
本味醂と粕取焼酎を購入して、自分で半々に割って作る手もありますが、それだだと高くつきそうだったので、白扇酒造さんのサイトで、製品として出されている『柳蔭』を購入してみました。
この白扇酒造さん、本みりんも造られている醸造会社なので、間違いないでしょう。

後日届いた『柳蔭』を冷蔵庫でよく冷やして飲んでみると、すっきりとした甘さで口当たりが良く、グビグビと飲めてしまいます。
日本酒とも焼酎とも違う味わいですが、ストレートで飲ると、アルコール度数が20度もありますので、早々に酔っ払ってしまいそうです。
確かに、暑い夏の夕方に、食前酒として飲むには良さそうです。
これでまた、酒の世界の知見が広がりました。
稲葉さん、ご教示ありがとうございました。
「私は、焼酎が夏の季語になったのは、江戸時代における『本直し』の位置付けによるものではないかと理解してきました。
本直しは、みりんに焼酎を割ったもので、江戸時代には暑気ばらいの代表的な飲みものとして認識されていました。」
『本直し』、またまた私にとって未知の言葉が出てきましたが、なかなか興味深い内容なので、調べてみることにしました。
まずは、Googleで「本直し みりん」で検索かけてみると、Wikipediaを筆頭に、みりん屋さんのサイト、日本酒の蔵元のサイト、食文化関係のサイトなどいろいろと出てきますので、ざっと見て概要をおさらい。
「本直し」は、「柳蔭」とも呼ばれていたことがわかりましたが、俳句の世界で「柳陰」という言葉は、春の季語になっています。
上方落語の「青菜」という演目に「柳蔭」が登場するというので、まずは「青菜」を聞いてみることにしました。
YouTubeで探すと、いろんな噺家さんが演じてらっしゃいますが、まずは故・五代目柳家小さんから。
旦那さんが植木屋さんに振る舞うのが、大阪の友人からいただいた「柳蔭」で、江戸っ子の植木屋さんは「これは『直し』というものでは?」と問うやり取りが、冒頭の部分で語られます。
もともとこの演目、上方落語のものということなので、大阪の噺家を代表して、私の大好きな噺家で若くして亡くなった、故・2代目桂枝雀のものも聞いてみましょう。
枝雀45歳、最盛期の語り口、最高ですね。
「柳蔭」は、暑い盛りに暑気払いとして井戸で冷たく冷やして飲むもので、みりんが入っているということがわかります。
みりんは元々、蒸したもち米に米麹を混ぜ、焼酎を加えて熟成させ、圧搾、濾過して造られたもので、アルコール度数14%前後の甘みの強い飲料として親しまれていました。
それが、次第に料理に用いられるようになって、今では調味料としての用途の方が主流になっていますが、本みりんを実際に飲んでみると、なかなかに美味しく、その甘い飲み口は、食前酒などに向いているのではないかと思います。
ただ、さすがに糖度が高くたくさんは飲めないので、これに焼酎を加えて糖度を下げて飲みやすくした「柳蔭」や「本直し(直し)」が、江戸時代には庶民の間でも飲まれていたということなのでしょう。
調査を進めて行くと、江戸時代末期の文化7(1810)年に大坂で生まれた喜田川守貞(季荘)が著した近世風俗書『守貞謾稿』に、本直しが夏に飲まれていたという記述があるらしいことがわかったので、またもや国立国会図書館のデジタルコレクションのお世話になって、『守貞謾稿』を片っ端からめくってみました。

すると、最後の方の『守貞謾稿. 後集巻1』の18コマ目のところに、
「京坂夏月には夏銘酒柳蔭と云ふを専用す
江戸は本直しと号し味琳と焼酎を大略これを半ばに合わせ用ふ
「ホンナホシ」「ヤナギカケ」、ともに冷酒にて飲むなり」
と書かれている部分を発見しました。
確かに江戸時代末期には、「柳蔭」あるいは「本直し」が、夏の暑い時期に冷やして飲まれていたことは確かなようです。
この記述に続いて、「焼酎」についての記載があり、そこには、
「酒粕に籾を交へ蒸し」
とあって、当時の焼酎が前稿(下)で與さんに教えていただいた粕取焼酎であったことがわかります。
夏の時季に飲まれていたのは、「焼酎」が先なのか、「柳蔭(本直し)」が先なのかはよくわかりませんが、製造の歴史からすると、やはり「粕取焼酎」が季語の元になったという説の方が有力ではないかと思われます。

それはさておき、未知なる「柳蔭(本直し)」は、一度飲んでおかねばなりません。
本味醂と粕取焼酎を購入して、自分で半々に割って作る手もありますが、それだだと高くつきそうだったので、白扇酒造さんのサイトで、製品として出されている『柳蔭』を購入してみました。
この白扇酒造さん、本みりんも造られている醸造会社なので、間違いないでしょう。

後日届いた『柳蔭』を冷蔵庫でよく冷やして飲んでみると、すっきりとした甘さで口当たりが良く、グビグビと飲めてしまいます。
日本酒とも焼酎とも違う味わいですが、ストレートで飲ると、アルコール度数が20度もありますので、早々に酔っ払ってしまいそうです。
確かに、暑い夏の夕方に、食前酒として飲むには良さそうです。
これでまた、酒の世界の知見が広がりました。
稲葉さん、ご教示ありがとうございました。
上から続く。
「和漢三才図会」があてにならないとわかって、それでは何故、「焼酎」が夏の季語となったのかを調べるため、リニューアルしたばかりの浦安市立図書館中央館に行って、季語事典みたいな本を片っ端からめくってみました。
しかし、「焼酎」について記載のある本の中でも、「暑気払いとして飲まれている」程度のことしか書かれておらず、大した成果は得られませんでした。
そこに、我が焼酎の師の一人、宮崎市在住の與さんから、
「季語の焼酎っておそらく清酒圏における粕取り焼酎なのかもしれないですね。根拠はありませんw。
一部の農村部で粕取りを盛んに飲むのがサナブリから夏にかけてなんですよね。論拠はそれだけですw。」
と、耳寄りな情報が届きました。
詳しくは、與さんの書かれた「Dr.けんじの粕取焼酎概論」という素晴らしい論考をお読みいただければと思いますが、清酒粕を蒸留して造る「粕取焼酎」は、特に福岡県の北九州地方のものが名高く、「早苗饗(さなぶり)焼酎」と呼ばれて、田植えを終えた後の祝いの宴で振る舞われ、よく飲まれたということのようです。

宮崎では、今でこそ超早場米が主流で、多くの田植えは3月には終わってしまいますが、一般的に普通期米の田植えは5〜6月。まさに季節としては夏になります。
ちなみに、「早苗饗」も夏の季語のひとつです。
米から作られる日本酒を搾った後の酒粕には多くのアミノ酸が含まれており、肥料の原料として優秀ですが、そのままでは含まれるアルコール分が害になるので、蒸留してアルコール分を飛ばしてやる必要があります。
蒸留した後の下粕は冷まして米を作る田んぼの肥料に使い、その際にできる副産物を「粕取焼酎」として田の神に捧げ、自分たちでも飲むというのが、稲作農家で繰り返し行われてきたサイクルだったのでしょう。
もちろん、そうした粕取焼酎を飲むのは、田植えの後の「早苗饗」に限らず、そこを皮切りに、夏の間は労働後の暑気払いや様々な祝いの席などで飲まれたのでしょう。
明確に書かれた文献を見つけることはまだできていませんが、「焼酎」が夏の季語であるのは、そうした背景から来ているのではないかと想像できます。

そうなると、この落合酒造(宮崎市)の純米酒粕焼酎「残心14%」なども、「夏焼酎」の列に加えた方が良いのかもしれませんね。
「和漢三才図会」があてにならないとわかって、それでは何故、「焼酎」が夏の季語となったのかを調べるため、リニューアルしたばかりの浦安市立図書館中央館に行って、季語事典みたいな本を片っ端からめくってみました。
しかし、「焼酎」について記載のある本の中でも、「暑気払いとして飲まれている」程度のことしか書かれておらず、大した成果は得られませんでした。
そこに、我が焼酎の師の一人、宮崎市在住の與さんから、
「季語の焼酎っておそらく清酒圏における粕取り焼酎なのかもしれないですね。根拠はありませんw。
一部の農村部で粕取りを盛んに飲むのがサナブリから夏にかけてなんですよね。論拠はそれだけですw。」
と、耳寄りな情報が届きました。
詳しくは、與さんの書かれた「Dr.けんじの粕取焼酎概論」という素晴らしい論考をお読みいただければと思いますが、清酒粕を蒸留して造る「粕取焼酎」は、特に福岡県の北九州地方のものが名高く、「早苗饗(さなぶり)焼酎」と呼ばれて、田植えを終えた後の祝いの宴で振る舞われ、よく飲まれたということのようです。

宮崎では、今でこそ超早場米が主流で、多くの田植えは3月には終わってしまいますが、一般的に普通期米の田植えは5〜6月。まさに季節としては夏になります。
ちなみに、「早苗饗」も夏の季語のひとつです。
米から作られる日本酒を搾った後の酒粕には多くのアミノ酸が含まれており、肥料の原料として優秀ですが、そのままでは含まれるアルコール分が害になるので、蒸留してアルコール分を飛ばしてやる必要があります。
蒸留した後の下粕は冷まして米を作る田んぼの肥料に使い、その際にできる副産物を「粕取焼酎」として田の神に捧げ、自分たちでも飲むというのが、稲作農家で繰り返し行われてきたサイクルだったのでしょう。
もちろん、そうした粕取焼酎を飲むのは、田植えの後の「早苗饗」に限らず、そこを皮切りに、夏の間は労働後の暑気払いや様々な祝いの席などで飲まれたのでしょう。
明確に書かれた文献を見つけることはまだできていませんが、「焼酎」が夏の季語であるのは、そうした背景から来ているのではないかと想像できます。

そうなると、この落合酒造(宮崎市)の純米酒粕焼酎「残心14%」なども、「夏焼酎」の列に加えた方が良いのかもしれませんね。
テゲツー!で夏焼酎の記事を校正する必要があって、俳句の世界では「焼酎」が夏の季語とされているのは何故かが気になったので、調べてみることにしました。
とりあえずGoogleで「焼酎 夏の季語」をキーワードに検索かけると、
「江戸時代の百科事典『和漢三才図会』によると「気味はなはだ辛烈にして、疲れを消し、積聚を抑へて、よく湿を防ぐ」と書かれています。要するに夏の暑さに疲れた身体に活を入れ、精力をよみがえらせる酒と位置づけられていたのでしょう。」
みたいな記述があちこちに見られます。
検索結果に似たような記述が多くて多様性が無いのは、冷や汁の鎌倉時代起源説と似ていて、何か怪しい予感がしたので、原典の『和漢三才図会』を確認してみることにしました。
『和漢三才図会』は、国立国会図書館のデジタルコレクションに中金堂1888年版が収録されていて、上之巻、中之巻、下之巻、総目録の4巻に分かれています。
そこで、いろは順に並んだ総目録をめくって「焼酎」の項目がどこにあるかを探したところ、下之巻の1786頁にあることがわかったので、下之巻に移動して当該頁を探し出しました。

上記の画像(クリックすると別ウィンドウで大きな画像が表示されます)がその焼酎の頁ですが、当該部分は最後の方にあって、
「気味甚辛烈而消痞抑積聚能防濕」(返り点省略)
と記されています。
『角川大字源』や『広辞苑 第5版』などで個々の漢字の意味を調べてみると
「痞」は「つかえ」で、疲れではなくて、「腹中に塊のようなものがあって痛む病気。胸や心のふさがること。」という意味、
「積聚」は「しゃくじゅ」で「さしこみ。癇癪。」、
「濕」は「湿」の異体字で「しつ、とう、しゅう」などと読み「しめる。うるおう。うれえる。気を落とす。」などといった意味があります。
これらから察するに、
「焼酎は胸のつかえを消し、癇癪を押さえ、じめじめとした陰鬱な気分を防ぐ」
と解すべきで、気分を晴れやかにするものではあるけれど、「疲れを取る」とは読めないのではないかと考えます。
また、同じ焼酎の項の前の方に、
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」(返り点省略)
と書かれていますが、これは、
「北人は四時(しじ)之を飲み、南人は止(ただ)暑月に之を飲む」
と読み、
「北の方の人は一年中これ(焼酎)を飲んでいるが、南の方の人は暑い季節だけこれを飲む」
と解せます。
日本では、焼酎は専ら九州以南の飲み物なので、何か変だなと思って更に調べていたら、中国の明時代の文献『本草綱目』(1593年上梓)の「焼酒」の綱目に同様に
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」
という記述があることがわかりました。
中国で焼酒とも呼ばれる白酒などの蒸留酒は、主に東北部で愛飲されているので、中国のことと考えれば整合が取れます。

念のため、『本草綱目』第25巻の原本を国立国会図書館のデジタルコレクションで確認してみましたが、どうも、『和漢三才図会』の焼酎の項目は、『本草綱目』のそれを殆どそのまま引き写しているようです。
ということで、焼酎が夏の季語であることの理由付けに『和漢三才図会』を持って来るのは、少し無理があるようです。
誰かが間違った解釈で書いた物がインターネットに乗り、以降、特に検証もされずに引用、孫引きを繰り返されているようです。
皆様、ご注意あれ。
この話、長くなるので2回に分けます。
(下)へ続く。
とりあえずGoogleで「焼酎 夏の季語」をキーワードに検索かけると、
「江戸時代の百科事典『和漢三才図会』によると「気味はなはだ辛烈にして、疲れを消し、積聚を抑へて、よく湿を防ぐ」と書かれています。要するに夏の暑さに疲れた身体に活を入れ、精力をよみがえらせる酒と位置づけられていたのでしょう。」
みたいな記述があちこちに見られます。
検索結果に似たような記述が多くて多様性が無いのは、冷や汁の鎌倉時代起源説と似ていて、何か怪しい予感がしたので、原典の『和漢三才図会』を確認してみることにしました。
『和漢三才図会』は、国立国会図書館のデジタルコレクションに中金堂1888年版が収録されていて、上之巻、中之巻、下之巻、総目録の4巻に分かれています。
そこで、いろは順に並んだ総目録をめくって「焼酎」の項目がどこにあるかを探したところ、下之巻の1786頁にあることがわかったので、下之巻に移動して当該頁を探し出しました。

上記の画像(クリックすると別ウィンドウで大きな画像が表示されます)がその焼酎の頁ですが、当該部分は最後の方にあって、
「気味甚辛烈而消痞抑積聚能防濕」(返り点省略)
と記されています。
『角川大字源』や『広辞苑 第5版』などで個々の漢字の意味を調べてみると
「痞」は「つかえ」で、疲れではなくて、「腹中に塊のようなものがあって痛む病気。胸や心のふさがること。」という意味、
「積聚」は「しゃくじゅ」で「さしこみ。癇癪。」、
「濕」は「湿」の異体字で「しつ、とう、しゅう」などと読み「しめる。うるおう。うれえる。気を落とす。」などといった意味があります。
これらから察するに、
「焼酎は胸のつかえを消し、癇癪を押さえ、じめじめとした陰鬱な気分を防ぐ」
と解すべきで、気分を晴れやかにするものではあるけれど、「疲れを取る」とは読めないのではないかと考えます。
また、同じ焼酎の項の前の方に、
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」(返り点省略)
と書かれていますが、これは、
「北人は四時(しじ)之を飲み、南人は止(ただ)暑月に之を飲む」
と読み、
「北の方の人は一年中これ(焼酎)を飲んでいるが、南の方の人は暑い季節だけこれを飲む」
と解せます。
日本では、焼酎は専ら九州以南の飲み物なので、何か変だなと思って更に調べていたら、中国の明時代の文献『本草綱目』(1593年上梓)の「焼酒」の綱目に同様に
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」
という記述があることがわかりました。
中国で焼酒とも呼ばれる白酒などの蒸留酒は、主に東北部で愛飲されているので、中国のことと考えれば整合が取れます。

念のため、『本草綱目』第25巻の原本を国立国会図書館のデジタルコレクションで確認してみましたが、どうも、『和漢三才図会』の焼酎の項目は、『本草綱目』のそれを殆どそのまま引き写しているようです。
ということで、焼酎が夏の季語であることの理由付けに『和漢三才図会』を持って来るのは、少し無理があるようです。
誰かが間違った解釈で書いた物がインターネットに乗り、以降、特に検証もされずに引用、孫引きを繰り返されているようです。
皆様、ご注意あれ。
この話、長くなるので2回に分けます。
(下)へ続く。