徒然日記 - 202006のエントリ

から続く。

「和漢三才図会」があてにならないとわかって、それでは何故、「焼酎」が夏の季語となったのかを調べるため、リニューアルしたばかりの浦安市立図書館中央館に行って、季語事典みたいな本を片っ端からめくってみました。

しかし、「焼酎」について記載のある本の中でも、「暑気払いとして飲まれている」程度のことしか書かれておらず、大した成果は得られませんでした。

そこに、我が焼酎の師の一人、宮崎市在住の與さんから、

「季語の焼酎っておそらく清酒圏における粕取り焼酎なのかもしれないですね。根拠はありませんw。
一部の農村部で粕取りを盛んに飲むのがサナブリから夏にかけてなんですよね。論拠はそれだけですw。」

と、耳寄りな情報が届きました。

詳しくは、與さんの書かれた「Dr.けんじの粕取焼酎概論」という素晴らしい論考をお読みいただければと思いますが、清酒粕を蒸留して造る「粕取焼酎」は、特に福岡県の北九州地方のものが名高く、「早苗饗(さなぶり)焼酎」と呼ばれて、田植えを終えた後の祝いの宴で振る舞われ、よく飲まれたということのようです。

kscz58ynkさんによる写真ACからの写真:早乙女

宮崎では、今でこそ超早場米が主流で、多くの田植えは3月には終わってしまいますが、一般的に普通期米の田植えは5〜6月。まさに季節としては夏になります。
ちなみに、「早苗饗」も夏の季語のひとつです。

米から作られる日本酒を搾った後の酒粕には多くのアミノ酸が含まれており、肥料の原料として優秀ですが、そのままでは含まれるアルコール分が害になるので、蒸留してアルコール分を飛ばしてやる必要があります。
蒸留した後の下粕は冷まして米を作る田んぼの肥料に使い、その際にできる副産物を「粕取焼酎」として田の神に捧げ、自分たちでも飲むというのが、稲作農家で繰り返し行われてきたサイクルだったのでしょう。

もちろん、そうした粕取焼酎を飲むのは、田植えの後の「早苗饗」に限らず、そこを皮切りに、夏の間は労働後の暑気払いや様々な祝いの席などで飲まれたのでしょう。

明確に書かれた文献を見つけることはまだできていませんが、「焼酎」が夏の季語であるのは、そうした背景から来ているのではないかと想像できます。

kscz58ynkさんによる写真ACからの写真:早乙女

そうなると、この落合酒造(宮崎市)の純米酒粕焼酎「残心14%」なども、「夏焼酎」の列に加えた方が良いのかもしれませんね。
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テゲツー!夏焼酎の記事を校正する必要があって、俳句の世界では「焼酎」が夏の季語とされているのは何故かが気になったので、調べてみることにしました。

とりあえずGoogleで「焼酎 夏の季語」をキーワードに検索かけると、

「江戸時代の百科事典『和漢三才図会』によると「気味はなはだ辛烈にして、疲れを消し、積聚を抑へて、よく湿を防ぐ」と書かれています。要するに夏の暑さに疲れた身体に活を入れ、精力をよみがえらせる酒と位置づけられていたのでしょう。」

みたいな記述があちこちに見られます。

検索結果に似たような記述が多くて多様性が無いのは、冷や汁の鎌倉時代起源説と似ていて、何か怪しい予感がしたので、原典の『和漢三才図会』を確認してみることにしました。

『和漢三才図会』は、国立国会図書館のデジタルコレクションに中金堂1888年版が収録されていて、上之巻、中之巻、下之巻、総目録の4巻に分かれています。
そこで、いろは順に並んだ総目録をめくって「焼酎」の項目がどこにあるかを探したところ、下之巻の1786頁にあることがわかったので、下之巻に移動して当該頁を探し出しました。



上記の画像(クリックすると別ウィンドウで大きな画像が表示されます)がその焼酎の頁ですが、当該部分は最後の方にあって、
「気味甚辛烈而消痞抑積聚能防濕」(返り点省略)
と記されています。

『角川大字源』や『広辞苑 第5版』などで個々の漢字の意味を調べてみると
「痞」は「つかえ」で、疲れではなくて、「腹中に塊のようなものがあって痛む病気。胸や心のふさがること。」という意味、
「積聚」は「しゃくじゅ」で「さしこみ。癇癪。」、
「濕」は「湿」の異体字で「しつ、とう、しゅう」などと読み「しめる。うるおう。うれえる。気を落とす。」などといった意味があります。

これらから察するに、
「焼酎は胸のつかえを消し、癇癪を押さえ、じめじめとした陰鬱な気分を防ぐ」
と解すべきで、気分を晴れやかにするものではあるけれど、「疲れを取る」とは読めないのではないかと考えます。

また、同じ焼酎の項の前の方に、
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」(返り点省略)
と書かれていますが、これは、
「北人は四時(しじ)之を飲み、南人は止(ただ)暑月に之を飲む」
と読み、
「北の方の人は一年中これ(焼酎)を飲んでいるが、南の方の人は暑い季節だけこれを飲む」
と解せます。
日本では、焼酎は専ら九州以南の飲み物なので、何か変だなと思って更に調べていたら、中国の明時代の文献『本草綱目』(1593年上梓)の「焼酒」の綱目に同様に
「北人四時飲之 南人止暑月飲之」
という記述があることがわかりました。

中国で焼酒とも呼ばれる白酒などの蒸留酒は、主に東北部で愛飲されているので、中国のことと考えれば整合が取れます。



念のため、『本草綱目』第25巻の原本を国立国会図書館のデジタルコレクションで確認してみましたが、どうも、『和漢三才図会』の焼酎の項目は、『本草綱目』のそれを殆どそのまま引き写しているようです。

ということで、焼酎が夏の季語であることの理由付けに『和漢三才図会』を持って来るのは、少し無理があるようです。

誰かが間違った解釈で書いた物がインターネットに乗り、以降、特に検証もされずに引用、孫引きを繰り返されているようです。
皆様、ご注意あれ。

この話、長くなるので2回に分けます。
(下)へ続く。
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断捨離

カテゴリ : 
プライベート
執筆 : 
Dice 2020-6-27 10:00
今回、宮崎から浦安に引っ越すに当たって、いろんな物を手放してきました。
中には、長年付き合ってきたものも多く、手放すのに忍びないものもあったので、思い出代わりに書いておきます。

まずは、片手の中華鍋(北京鍋)。
大学2年の時に大阪の道具屋筋にある専門店までわざわざ買いに行ったもので、一口のガスコンロだけの台所だった大学時代は、炒める、焼く、煮る、蒸すと万能の中華鍋一つでたいがいの料理は作ってました。
その後も炒飯など中華料理を作るのに欠かせない道具として、ずっと愛用してきて、結婚式の披露宴の時も、舞台上でこの中華鍋で炒飯を作ったのでした。
しかし、浦安のマンションはオール電化で丸底の中華鍋が使えないので、泣く泣く手放すことにして、他の調理道具と一緒に譲ってきました。

青島とクロスバイク
2006年4月から乗ってきたクロスバイク(SPECIALIZED CROSSRIDER XC SPORT)も、調理道具と一緒に譲ったもののひとつ。
オリジナルから28cのタイヤに替え、2016年にオーバーホールしたりして、大事に乗ってきました。
宮崎での単身赴任時代は、これで椿山を越えて日南市北郷に抜け、そのまま日南海岸を北上したり、夏の暑い時期にひまわり畑を取材に高鍋まで行ったりしたのは良き思い出です。
今回、引っ越しは段ボール箱に詰めて送れるものだけにしたのと、そろそろ次の自転車にしても良いかなと思って、譲ることにしたのでした。

今回断捨離したもので、最も長くお付き合いしたものとは、日本図書館協会の会員ですね。
大学に入ってすぐ、18歳の時に個人会員となり、実際に図書館員として勤務したのは3年間だけなのですが、この3月まで40年間、会費を納め続けてきました。
40年というひとつの区切りを迎えて、これまで会員としての権利はほとんど享受して来なかったし、もう今さら仕事で図書館と関わることも無さそうなので、良い頃合いだと思うことにしました。
協会の会員でなくなっても、図書館司書であることが自分のバックボーンであることは変わりませんし。

もうひとつ、ほぼ同じ期間つきあってきたのが、小学館発行の雑誌『BE-PAL』.
アウトドアのバイブルとして、1981年の創刊号から欠かさず買ってきましたが、さすがにアウトドア自体が縁遠くなってきたのと、読むワクワク感が薄れてきたの感じてきたので、思い切って定期購読を止めることにしました。
ギアのカタログとしては、代替するWebメディアが増えていることも、止める決断を後押ししました。
気に入った記事は、スキャナで読み込んでアーカイブしてあるので、その蓄積でこれからもなんとかなりそうではありますし。
しかし、デジタルアーカイブしても、読み返すことは殆ど無いんですよね。単なる安心感でそうしてることも多いのですが、たまに10年くらい経って役立つこともあるから止められない。

なんか、長年付き合ってきたものと別れるのは、一抹の寂しさもあるのですが、いつまでも抱えきれませんし、年齢的にとっくに人生の折り返し地点は過ぎているので、必然的に終活を意識しなければならなくなり、これからも捨てるものの方が増えるのでしょう。

それでも、まだまだ捨てきらないものも多くて、浦安の部屋はなかなか片付かないままです。
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材料

7色の冷や汁プロジェクトのひとつ、「黒の冷や汁 (Hiyashiru di Nero)」。
以前一度、冷や汁の素を使って試作したことがあるのですが、色の出方がいまいちだったので、再度トライしてみることにしました。

ベースに使った材料は、上の写真のとおり。
黒豆の味噌、粉末いりこ、粉末しいたけは、新宿みやざき館KONNEで購入。
黒胡麻も売ってましたが、今回は、黒胡麻のすりごまとペーストを別途用意しました。

すりごまと味噌と粉末いりこ

土曜日の昼食として作ったので、分量は3人前です。

まず、黒のすりごま15gを擂り鉢で更に擂り、黒豆の味噌60gと、粉末いりこを20g投入。

粉末しいたけ投入

さらに、粉末しいたけを10g加えて、よく練り合わせます。

よく練り合わせる

粉末が多いので最初はぼそぼそしてますが、ゴムべらなどを使って根気よく混ぜていくと、耳たぶくらいの硬さにまとまってくるので、全体を薄く広げます。

全体が黒っぽくてなかなか良いですね。

よく練り合わせる


広がったら、バーナーで炙ります。

擂り鉢を逆さにしてガスレンジの火で炙る方法もありますが、粘度が低いと剥がれ落ちて悲惨なことになるので、バーナー使う方が安全です。
我が家はオール電化なので、これしか方法が無いのですが。

強い炎でやると表面が一気に焦げてしまう可能性があるので、出力調整できるバーナーなら、弱めの火でじっくり炙る方が良いです。
ただ、擂り鉢も熱くなりますので、火傷にはご注意を。

よく練り合わせる

表面に軽く焦げ目がついたら、冷や汁の素の完成。

たくさん作ったら、小分けして冷凍しておけば、いつでも冷や汁が食べられます。

お湯で溶く

続いて、溶いて汁にする作業に入ります。
まず、100ccの熱湯を少しずつ加えて溶いていきます。
いっぺんに入れるとだまになって溶けずらくなるので、少しずつ注いでは混ぜ、注いでは混ぜします。

冷水で伸ばす

お湯で溶き終わったら、今度は350ccの冷水で伸ばしていきます。
こちらも、様子も見ながら少しずつ入れて混ぜると良いでしょう。

これで、ベースは完成ですが、色がもう少し黒い方が良い気がします。

胡麻ペースト投入

黒みを出すために、黒胡麻のペーストを大さじ1杯分加えました。
少し黒さが増しましたね。
これを冷蔵庫に入れて冷やしておきます。

木綿豆腐をほぐす

汁を冷やしている間に、具材を用意します。

まず、木綿豆腐を適当な大きさに手でちぎって、水切りしておきます。
分量は、1人分80g前後。お好みで増減してください。

宮崎では、豆腐を入れない家庭もありますし、味噌と一緒に擂り混ぜるところもありますが、『宮崎県史 別編 民俗』によれば、「豆腐をいれるのが宮崎の冷や汁の特徴」とありますし、こうして木綿豆腐をほぐして入れるのが個人的には好みです。

きゅうり、みょうが、大葉

野菜は、きゅうり、みょうが、大葉の3種類。

宮崎が日本一の生産量を誇るきゅうりは、身体を冷やす働きもあり、みょうがと大葉はともに食欲増進効果があるので、この3つは冷や汁の具材として外せません。

今回3人分で、きゅうり1本、みょうが4個、大葉8枚を使いましたが、分量はお好みで増減してください。

全部を混ぜて完成

具材が用意できたら、あらかじめ冷やしておいた汁の中に投入して完成!

見た目は、思い通りに黒さが際だって、なかなか良い感じに出来ました。
やはり、わざわざ黒豆の味噌を使っただけのことはありますね。


ごはんにかけて実食

出来上がったら、ご飯にかけて実食です。
今回のご飯は、もち麦を少し混ぜて炊きました。
もともと冷や汁は、麦飯を少しでも美味しく食べるためのものだったという説もあり、麦飯との相性は良いのですが、麦100%だとさすがに食べづらいので、2割ほど麦を入れるのが良さそうです。

今回の味の総評としては、いりこ感が少し強すぎたのと、塩味が少し足りないことを除けば、なかなか美味しくできました。
次回作るときは、黒豆の味噌を少し多めにして、いりこは少し控えたいと思います。

黒胡麻を使っても、味は普通の冷や汁と変わりませんが、白胡麻に比べて抗酸化作用のあるアントシアニンが多く含まれるので、ヘルシー度は上がります。
皆さんも一度お試しあれ!
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店番

またまた前回の更新から間が空いてしまいましたが、暦はGWに入り、通常なら休日とか無関係に週5日勤務のシフトで出勤しているはずでしたが、休業となると特にやることも無いので、私は暦どおりに休みました。

しかし、店の方は排水の構造に問題があってレジ付近に臭気が溜まりやすかったので(改良工事をやって現在は解消されました)、換気のために店を数時間開ける必要があり、5月からは2名ずつ交替で7時間ほど出勤するシフトに変更しました。

私も5月はそれで週に2〜3日は新宿に通って、店番をしたりしてました。
上の写真はその時の模様ですが、換気のために扉を開け、照明を落とした店内で一人寂しく外を眺めていると、通常なら1日当たり350万人以上が乗降する新宿駅のすぐそばに立地しているにも関わらず本当に人通りが少なくて、ある種異様な経験でした。

そうこうしているうちに、なんとなく非常事態宣言が解除される流れになってきたので、スタッフと再開戦略を練り、本社とオーナーサイドにも連絡して、営業再開のタイミングを計ることにしました。
いつから営業を再開するか、現場で機動的に決められないのがこういう店の辛いところではありますが、文句を言っているだけでは何も解決しないので、早めに手を打っておくに越したことはありません。

当初、6月1日(月)からフルタイムでの再開を打診して、返事はもう少し後でということだったのですが、政府の宣言解除が早まったこともあって、結果的には6月1日でGo!(ただし11時〜19時の時短営業で)となりました。

店番

決まったら、そこへ向けて商品を発注し、感染防止対策のための様々な対策を打ちました。

まず、入口と出口に区分して人の流れを整理し、間隔を空けてレジに並ぶための目印を床に貼り、レジには飛沫防止の透明シートを貼るなど、とりあえずできるだけの手を打って準備を整えました。



5月28日には、航空自衛隊ブルーインパルスにより、新型コロナウィルス感染症に対応中の医療従事者の方々をはじめ多くの皆様へ敬意と感謝をお届けするため、東京上空の編隊航過飛行が行われました。。

この日は晴天でしたが、なんとなく垂れ込めていた重苦しい雰囲気を切り裂いて、日本中に平穏な日常が戻るといいなと思いながら見ていました。

こうして、ようやく6月1日(月)の再開を迎えることができたのでした。
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