徒然日記 - 202008のエントリ

心が震える名作−『ありふれた祈り』

カテゴリ : 
読書
執筆 : 
Dice 2020-8-22 11:00
気がつけば、1年ぶりの読書記録。
東京に戻ってきて、ドアtoドアで1時間余りの電車通勤となったので、もっと読めるかと思っていましたが、なかなかどっこい、そんなに思ったようには読めませんでした。まだ、立ったまま鞄から本を取り出して読む技が身についていません。
それでも、なんとか読み終えたのが、ウィリアム・ケント・クルーガー著『ありふれた祈り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

著者は、私の大好きなミステリー、コーク・オコナー・シリーズの作者で、同シリーズは既刊14作のうちまだ半分の7作しか邦訳されておらず、それも2014年以降途切れてしまっているので、続編の邦訳を首を長くして待ち望んでいるところです。

本書は、そのシリーズとは無縁の長編ですが、ミネソタ州の田舎町を舞台とし、ネイティブ・アメリカン(本書ではインディアンと表記)の登場人物もいる点で、共通点もあります。

物語は、1961年の夏、ミネソタ州ニューブレーメンに住む牧師一家に起こる喪失と再生を縦糸として、様々な登場人物達の生き様が織り込まれています。
人が殺され、その犯人は誰なのかを解き明かすフーダニット(Who done it?)がひとつの筋である点で立派なミステリー作品ですが、一家に属する主人公フランクとジェイクという兄弟のひと夏の成長譚でもあり、牧師の父を中心として、宗教や信仰とは何なのか、「赦す」ということはどういうことなのかを説く物語としても読むことができる、重層的な構成になっています。

ミステリーファンなら、後半に展開されるフーダニットの部分は容易に想像が付くので物足りなさがあるかもしれませんが、それを補って余りある人物造形とストーリー展開にページをめくる手が止まりませんでした。

何よりも、理不尽な死を乗り越えようとする牧師の父と芸術肌の妻、兄フランクと弟ジェイクのそれぞれの葛藤、怒り、抑制といった心の動きが織りなす後半の物語が、最後の一文、
「今ならその意味がわかる。死者はわたしたちからそんなに遠くないところにいるのだ。彼らはわたしたちの心の中に、意識の上にいつもいる。とどのつまり。彼らとわたしたちをへだてているのは、ほんのひと息、最後の一呼吸にすぎない。」
へと収斂して行く展開は、読み進めるほどに心が震えました。


2014年に刊行された本書は、エドガー賞長編賞、アンソニー賞長編賞、マカヴィティ賞長編賞、バリー賞長編賞とミステリー関連の賞を総なめにしており、邦訳刊行された2016年には国内でも高い評価を得ています。

遅ればせながら今回初めて読んで、ますますウィリアム・ケント・クルーガーの未訳分を早く読みたくなりました。☆☆☆☆☆。
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今、図書館関係者の間で話題の映画、『パブリック 図書館の奇跡』を、仕事帰りに新宿の「新宿武蔵野館」で観てきました。

アメリカ・オハイオ州のシンシナティにある公共図書館を舞台に、大寒波の夜に緊急避難のシェルターとして図書館に立てこもったホームレス達と、それに巻き込まれた図書館員達の物語です。

監督・主演を努めるエミリオ・エステベスが、ある公共図書館の元副理事がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイにインスピレーションを得て、11年もの年月をかけて作り上げたこの映画、図書館が舞台なので、アメリカに限らず日本も含めて、公共図書館が抱える極めて現代的な課題が描かれます。

しかし、この映画の真の主題は「図書館」ではなくて、タイトルにある「パブリック」の部分にあります。
「パブリック(public)」とは、「公衆」「大衆」といった人々の集合体を指すと共に、「公の」「公共の」「公的な」といった意味があります。
たくさんの人々が集まる場では、必ず、それぞれの個人が持つ価値観の対立があり、それらの価値観のどれを優先させるのかという選択を迫られることが少なくありません。
その選択の連続の末に、「社会」という枠組みを作り上げていく営みが政治であったり、行政であったりする訳です。

こっちの価値観を取り、こっちの価値観を捨てるという選択の場面では、どちらかが正しく、どちらかが正しくない(間違っている)という単純な二者択一ではなく、どちらも間違ってはいないが、この場面では最大多数の最大幸福という功利主義的な観点から、こちらの道を取らざるを得ないみたいなことが少なくありません。
その時、一方の価値観を単純に否定して切り捨てるのではなく、その価値観に対して違う機会になったとしても別の救済策を示せるのかどうか、いったんは切り捨てられることになる少数派や弱者に寄り添えるのかどうかが課題となるでしょう。

コメディタッチで気楽に観られる映画ですが、爽快なエンディングの後に、そういうことを考えさせる深みと広がりを持っています。
それ故に、最初は限られた上映館が次第に広がって行っているのだろうなと思います。

図書館関係者に限らず、多くの方に、特に公務員など「公共」の仕事に携わっている方に観ていただきたい映画です。
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