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2005年 05月 02日 Tarzan

 世界選手権代表決定競技会に出場した娘の応援に、29日から浦安へ行き、本日宮崎に戻る。
 今日は、羽田第2ターミナルのボーディングブリッジを使った搭乗だったので、初めて2階の搭乗待合室を利用。スターバックスなんかが入っていて、なかなか良い感じ。
 書店で暇つぶしをしていると、「脚」の鍛え方の特集をしていた「Tarzan」通巻441号が目に付き、ついふらふらと購入。娘のことが気になっていたのかも。機中で読み終わり、すっかりバランスボールを購入する気になっている。


2005年 05月 04日 綾までサイクリング

堤防に咲くアザミ 天気もいいし、折角の連休にインドアばかりなのもどうかと思うので、愛車を駆って約20km離れた綾町までサイクリング。大淀川から本庄川、綾北川と堤防沿いを遡り、暫定目的地の酒泉の杜へ。
 酒泉の杜では窯元市をやっていたこともあって大混雑。とりあえず地ビール1杯500円なりを飲み、ワインは全種類試飲したが、空きっ腹だったこともあって焼酎の方はパス。
 レストランも混雑してたので、近くのうどん屋でとりあえずその場をしのぎ、以前から気になっていた落花生屋で半端物の綾産落花生3袋400円を仕入れ、「ほんものセンター」へ。
 ここで、アイスを食す。ダブルで300円という超良心的なお値段だったので、焼酎シャーベットとマンゴーアイスの組み合わせでオーダー。本当は、日向夏アイスにしたかったのだが、売り切れだったのは残念。
 帰る途中で、これまた以前から気になっていた餃子屋さんに立ち寄る。中国人夫婦の経営で、持ち帰りが主なのか、客がその場で食すことを期待していない雰囲気があったが、聞いてみたら餃子は食べられるというので、水餃子1人前をオーダー。
 茹で上げて皿に盛られた小ぶりの水餃子はなかなか美味。あっという間に平らげて、お代は350円。これまた良心的。「好吃了!」と適当な中国語で挨拶して店を出る。
 帰りは向かい風になったが、その分、アザミの咲き誇る堤防をゆっくりと下る。ヒバリも鳴いて、非常にのどかな雰囲気。


2005年 05月 05日 入力作業

 今日は、出しっぱなしになっていたストーブを片づけた後、終日、Web版「みやざきの自然」9号の入力作業。
 掲載されている画像は、スキャナで取り込んだものをCD-ROMで貰っているのだが、Web用に縮小すると、なかなか思ったとおりの画質にならないものがあり、スキャナで再度読み込んで画像処理しながらの作業となり、あまりはかどらず。
 夕食を食べ、入浴後に軽く柔軟とストレッチをして作業の続き。全体の1/3を超えたところで、今日の作業は終了。


2005年 05月 07日 栗原達男写真展「名作ひとり旅」

 午前中、居室に掃除機をかけ、Web版「みやざきの自然」9号の入力作業。
 昼食後、写真家の芥川仁さんから案内メールをもらっていた栗原達男写真展「名作ひとり旅」を県立美術館に見に行く。
 宮崎在住を決めた栗原さんが、森鴎外の「舞姫」やヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」など世界文学の名作15作品をモチーフに、その舞台となった場所で撮った写真127点を展示。栗原さんの解説とともに、その文学作品に関する著名人のエッセイも文字パネルで展示してあり、なかなか面白かった。もう30年近く前に読んだ作品ばかりだが、もう一度読みたくなった。
 メインギャラリーではナポレオン展もやっていたのだが、時間が無いので今回はパスし、同じ写真展の附属イベントとして開催される「写真家栗原達男さんとソニー会長出井伸之さんの対談」を聞くために宮日会館に向かう。
 栗原さんと出井さんとは、早稲田大学の写真部に同じ時代に在席した写友だそうで、出井さんが2学年上の小澤征爾さんとカルテットを組んでいたことなど学生時代の秘話から、今の国際情勢や政治と経済の話など、多様な話が展開された。
 出井さんは、終始厳しい表情ながらも、時折脱線しがちになる話をうまく仕切りつつ、旧友の仕事に新しい方向を与えるべくアジテートし、豊かな経験と交友の中から培われた話を紡いでくあたりは、さすがに国際企業ソニー・グループ束ねるだけのことはあると感じた。
 なかなか有意義な時間を過ごすきっかけを与えてくれた芥川さんのメールに感謝。


2005年 05月 15日 時を青く染めて

 金曜から浦安に行き、土曜日に息子の水泳教室の体験入学につき合い、今日は美術の宿題につき合って。最終便で宮崎に戻る。
 夕方の雷雨のせいか、首都高はお台場辺りの事故で渋滞しており、舞浜から羽田への高速バスは普段の倍の時間を要し、羽田の第2ターミナルは相変わらず混んでいて、夕食はフレッシュネス・バーガーで簡単に(少々侘びしく)済ます。
 ANAの最終便は出発が遅れ、21時10分に宮崎空港にランディング。寒かった東京に比べて宮崎はなま暖かい感じ。

 今回の旅のお供は、高樹のぶ子著「時を青く染めて」(新潮文庫)。著者は、1984年の芥川賞受賞作家なのだが、作品を読むのは恥ずかしながら今回が初である。
 図書館の現場を離れて以来、と言うか、子育てが生活のメインになって以来、読書の絶対量が落ちているから仕方の無いことなのだが、これじゃ、現場にいたら通用しないな。
 作品は、男2人、女1人の友情と愛をモチーフにしつつ、人間の個としてのあり方を描く、哲学的な内容の秀作。約300ページを一気に読んでしまった。


2005年 05月 20日 図書館雑誌2005年5月号

 久しぶりに体育館に行って、軽く筋トレ。腹筋と大胸筋を中心に鍛えた後、柔軟で身体をほぐす。おそらく2日後は筋肉痛だろう。
 帰宅して、「図書館雑誌」2005年5月号を受領。今月の特集は、「図書館と災害被害・その教訓」。昨年は台風や地震と大きな災害が多く、被害を受けた図書館もかなりある。防災は、なかなか目が向かない部分だが、日頃からの備えが大事。
 建物を免震構造にできれば一番だが、なかなかそうは行かないから、書架の転倒防止と資料の落下防止をどう図るか。落下防止装置の付いた書架も市販されていたと思うが、既設の書架に設置出来る落下防止装置があると売れそう(ただし、安ければ)。
 普段から、書架に並んだ資料の前にバーを渡しといて、資料を抜き差しする時にバーを上げてやるのなら、日曜大工程度の加工でできそうだが、そうなると両手が抜き差しに必要だし、スマートさに欠けるか。


2005年 05月 21日 子本ネット第2回総会

 「宮崎子どもと本をつなぐネットワーク(子本ネット)」の第2回総会に参加。宮崎市を始め、高岡町、綾町から会員20名が出席。
 読み聞かせボランティアなどで学校図書館に関わっているお母さん方や司書教諭の先生が中心だが、その意気込みや活動には、なかなか熱いものがある。あまり熱くなりすぎて独善的にならないように、ボランティアとしての限界をわきまえてあまり踏み込みすぎないようにとの、先輩達のアドバイスもあったりして、有意義であっという間の2時間半だった。。
 昨年が設立総会だった訳だが、会員相互の交流の場が広がり、本当に少しずつではあるが、学校図書館の現場も変わりつつあるように、それぞれの報告から感じた。


2005年 05月 23日 大学図書館の地域開放

 本日付け宮崎日日新聞の総合面に、「そこが聞きたい」と題して、大学図書館の地域開放に関する宮崎産業経営大学付属図書館長の三好充氏のインタビュー記事掲載。
 三好氏は、4月に同大学法学部教授に赴任し、同時に附属図書館長に就任。大学図書館は1996年に完成した鉄筋2階建て、延床面積約2,500平米で、蔵書数は10万冊超。法律関係の図書は約22,000冊で、法律、経済関係の専門書が多い。司書は2名。
 図書館の地域開放としては、1987年の開学から行っているが、学外貸出登録者は約100人で、実際に利用している人はその2割だとか。
 財政的に余裕のない私立大としては他機関への資料貸出にも受益者負担をお願いしており、県立図書館など公立図書館との連携には踏み出せないでいるという。図書館のスタッフ不足が運用面でのネックになっており、今でさえ他の大学等から送られてくる研究紀要等の整理が行き届かない状況なのだとか。
 三好館長は、「知の地域づくり」を提唱し、知的立国を目指すための地域図書館の整備を訴える鳥取県の片山知事の例をひきつつ、「知の宝庫」である大学図書館の充実にも自治体が目を向けるべきであると言う。
 言わんとするところはわからないでもないが、宮崎の公共図書館もまた、大学図書館と同様の状況にあることをご存知ないようだ。現状では、大学図書館を支援する余裕など無さそうである。
 しかし、県内の公共図書館、大学図書館、学校図書館の相互連携は、図書館サービスの拡充という観点からは、もっと行われて良い。これまでは、それぞれのサービスは独立したものとして考えられてきたが、ITの発達が、横の連携をやりやすくしている。
 とりあえず、それぞれが持つ書誌データを横に繋いでみて、物理的な資料の移動をどのように効率的に行うかを考えてみれば、効率的な連携の方向が見えてくるのではなかろうか。


2005年 05月 27日 郵便による資料の宅配

 本日付け日本経済新聞の九州経済面に、日本郵政公社九州支社が、佐賀県嬉野町で図書館の本の貸し出し受け付け・配送サービスを6月10日から始めると発表したとの記事掲載。
 利用者が町立図書館にサービス利用を申し込むと、郵便局員が利用者宅を訪問し、希望の本の書名等を聞き取って図書館に連絡、集荷して利用者宅に届けるというもの。返却は次回訪問時に郵便局員が回収して行い、利用者は本の重さに応じた往復の冊子小包の郵便料金を負担、郵便局は町から1回の貸出・返却で85円5銭の手数料を取るという。
 コンビニを窓口に使う図書館も出てくる時代だから、こういうサービスもありなのだろうが、年間でどれくらいのサービス利用があるのか気になるところ。
 また、郵便局が民営化されると、こんなサービスは増えるのだろうか、減るのだろうか。

2005年 05月 27日 学校図書館に専任司書を!

 本日付け宮崎日日新聞の1面コラム「くろしお」が、学校図書館の専任司書について触れている。
 先日、県内の高校に朝読書が浸透し、実施校が全国平均を大きく上回っていることが同じ「くろしお」で取り上げられたが、「裏側に目を凝らすと、専任の図書館司書が経費節減のため激減している遺憾な事実があった。専任司書のいなくなった図書館では、放置された本が山積み。」と現状を報告。
 長文になるが、さらに引用すると、「学校図書館法は図書館に専任司書教諭を義務づけているが兼務の教諭で賄われているのが実状。司書教諭は司書ではないし仕事は兼務できるほど楽なものでもない。それに指定管理者制度の導入で、司書を専門職として採用しない傾向にある。」と、学校図書館関係者が「そうだ、そうだ」と拍手を送りたくなるほどズバリと問題点を指摘している。
 都城市在住の久保輝巳氏のコメントも掲載されているが、図書館は、施設と資料と職員(司書)の3つが揃って初めて成立し、その3つが利用者にきちんと向き合ったときに機能する。だから、「人」の問題は一番大きな問題なのだ。
 声を大きくして言おう、「学校図書館に専任司書を!」と。


2005年 05月 29日 伊藤明美講演会


 第1回 木城えほんの郷 絵本の学校「伊藤明美講演会」に参加。
 伊藤さんは、我が家族の住む浦安市の市立図書館で、児童サービスを中心に活動されている司書と案内パンフにあったので、それは行かずにはいられまいと、午前中に散髪などの用事を済ませて車を木城まで走らせた次第。
 参加者は50人ほどいたのだろうか、用意された部屋が一杯になるほどの盛況で、男性の姿も私以外に3人ほど。
 今は分館係長という仕事をされている伊藤さんは、まず、一度は利用が低迷しかけた分館の利用促進のために、小さい館だからできることをやろうということで、子どもへのサービス、つまり、図書館に行けば本を読んでもらえるというサービスをきちんとやることを意識してやっている、というところから話をスタート。
 浦安では、公共図書館の司書が、保育園、幼稚園、小学校に読み聞かせの出前に行くが、子ども達は、本を読んでくれた人の所に本を借りに来るという。「出向いた先に図書館のフロアが続いている。自分たちが出向いた先が図書館。」という言葉が印象的。
 続いて、これまでの読み聞かせの経験の中から、「ももたろう」や「ラチとらいおん」、「ぐりとぐら」など実際の絵本と子ども達の反応を例にあげつつ、読み聞かせの中で子ども達に教えられることも多いと話された。絵本を読みながらの話しぶりは、さすがにプロ!と感じさせるものがある。
 大人の役割は、「(1)選ぶこと、(2)読んであげること、(3)共に楽しむこと、(4)環境を作ること」とし、優れた子どもの本については、座右の書というリリアン・スミスの「児童文学論」を引きつつ、「魅力的な主人公と子どもが満足するストーリーがあること」と述べ、「あひるのピンのぼうけん」や「しずかなおはなし」など更に複数の絵本を読み聞かせながら紹介。
 終盤、子どもを本嫌いにさせるには、「強制」と「禁止」をすれば簡単であると語り、逆説的に子ども達の回りに本を置くこと、本に出会うための環境を作ることがいかに大切であるかを説く。
 最後に、「読書とは文字を読むことではなく、共振する心を持つこと」であり、自分自身も「おやすなさいフランシス」などフランシス・シリーズは子育て応援本だったと話を締めて、約2時間の有意義な講演が終了。
 終了後、伊藤さんには浦安に住んでいる家族のことを少しだけお話ししたので、今度、中央図書館に行くことがあったら訪ねてみようと思う。

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