「松丸本舗」閉店について思う

 先日、丸の内OAZOの丸善丸の内本店に寄って4階に上がったら、松丸本舗の入り口に「形影同参 残念至極 さらば松丸本舗」と大書した店主・松岡正剛の墨書が飾られていて、はてどうしたのだろうと調べてみたら、9月いっぱいで閉店することになったらしい。
 松丸本舗のWebサイトでは、簡単な閉店のお知らせしか出ていないが、正剛氏自身が7月16日20時31分にTwitterで閉店を公表して以来12時間の関連するつぶやきがTogetterにまとめられていて(別に76時間の記録もあり)、読売新聞の記事と併せて読むと、なんとなく事情が読めてくる。
 関係者の証言はないので、真相という訳ではないが、3年間という委託期間の中で、丸善側が期待するほどの売上げ(集客効果を含む)を上げられなかったということのようだ。

松丸本殿 「松丸書店」、行ったことのある方はよくおわかりだろうが、本好きにとっては非常にインスパイアされるところの多い空間である。
 偉大なる編集者・書評家である松岡正剛と、彼の薫陶を受けたBSE(Book Shop Editer)達のセレクトによる、テーマ毎の資料のセレクトと、床から天井近くまで作り付けられた木製の書架にぎっしりと、時には横に寝せてまで詰め込まれた本の森。
 基本的に新刊書ばかり並ぶ書店の棚とは違い、一般の書店ではなかなか手に入らない、ひょっとすると既に絶版になっている本も混じっているのではないか。そういう意味では図書館の棚に近いが、テーマの組み方とそのテーマについて周縁も巻き込んだ資料のセレクトは、図書館ではなかなか真似ができない(特定のテーマについて一時的にテーマ展示をする図書館は少なくないけど、全体がそうなっている訳ではない)。
松丸書架 5万冊の本が詰め込まれた森の中に分け入ると、上から下まで本が並ぶ書架の前で次々に手が伸び、ついつい時間を忘れて回遊して行くことになる。立ったままが苦にならなければ、1、2時間は楽に時間を潰せる。ある意味、本好きにとっての理想の空間である。

 しかしそれが、コストに見合う利益を追求しなければならない一等地の「書店」にとっては仇となっていたのであろうことは想像に難くない。個々の客の滞留時間が長ければ長いほど、客の回転率は悪くなる。
 客単価は一般の書店に比べて高いのだろうが(それを裏付けるつぶやきも上記のTogetterの中にはある)、期待する売上げを確保するだけの客数をさばき切れていなかったのだろう。私が見る限りでも、明らかに文庫のコーナーなどより客数は少なかったしね。

 当初から実験的空間として位置づけられていたのだが、評価する人も多かった反面、洋書コーナーの面積を潰してまで展開されていたことを苦々しく思っていた洋書ファンがいたり、松岡正剛をもって「知の集積」とすることを快く思わなかったりする人も当然にいた訳で、3年間の偉大な実験の結果、やはり利益優先に転換しますっていう丸善の経営サイドの判断を一概に否定するつもりはない。

 ただ、あれだけ利用者の多い立地でもビジネスとして成り立たなかったことは、今の書店業界の苦悩を如実に物語っていると思うし、一人の本好きとして、快適な空間がまたひとつ消えることについてはただただ残念に思う。

 それでも、「松丸本舗」が提示したスピリットは、他の書店や図書館にも受け継がれていると思うし、松岡氏自身も「捲土重来を期す」とおっしゃっているので、どこかでまた新たな本の森が構築されることを楽しみに待ちたい。

注:本項に使用した画像は、「松丸本舗」のWebサイトから直貼りしてます。

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