冷や汁は、今でこそ宮崎県の郷土料理の代表のように扱われていますが、実は、西日本を中心に以外と広く分布している料理なのです。
それを確かめるために、浦安市立図書館中央館に出向いて、資料に当たってみることにしました。
農山漁村文化協会(農文協)が、昭和初期(1930年頃)に農村や都会で台所を預かっていた女性たちを対象に、全国300地点、5000人の話者からその時代の食生活について「聞き書き」して都道府県別にまとめた『日本の食生活全集』(全50巻)という叢書があります。
それぞれの都道府県毎に『聞き書 ○○県の食事』と題してまとめられていて、1985年から1994年にかけて順次刊行されました。
これを読むと、昭和の時代に各都道府県でどのような食べものが主に食べられていたのか、どのような郷土料理があるかがわかります。
丁寧にも巻末には料理名を含む索引も付けられているので、片っ端から調べるのも楽です。
この叢書を南の沖縄から順にめくって、冷や汁の掲載の有無を確認してみました。
すると、「冷や汁(冷やし汁、冷やっ汁)」という名称の料理が掲載されている都道府県は、南から、鹿児島県、宮崎県、熊本県、大分県、長崎県、佐賀県、福岡県、高知県、愛媛県、香川県、埼玉県、群馬県、福島県、山形県、新潟県、宮城県の16県ありました。
これとは別に、宮崎の冷や汁に近い料理で「さつま(さつま汁)」という名称の料理が掲載されている県は、愛媛県、山口県、広島県、岡山県、兵庫県の5県。ここに香川県が登場していないのは不思議ですが、香川県にも西讃地方に「さつま」があるのは他の資料で確認済みです。
わかりやすいように、都道府県別の一覧表にしてみました。
『日本の食生活全集』(農文協)に見る「冷や汁」「さつま」
都道府 県名 | 名称 | 主な材料 | かける対象 |
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北海道 | |||
青森県 | |||
岩手県 | |||
宮城県 | 冷や汁 | きゅうり、じゅうねん(えごま)、味噌 | |
秋田県 | |||
山形県 | 冷や汁 | 味噌、きゅうり、みず | |
冷や汁 | 煮干しまたは貝柱のだし、干ししいたけ、油揚げ、干し豆腐、にんじん、こんにゃく、かち豆、旬の野菜(くきたち、雪菜、うごぎ) | ||
福島県 | 冷や汁 (じゅうねん汁) | 味噌、じゅうねん(えごま) | 麦飯 |
茨城県 | |||
栃木県 | |||
群馬県 | 冷やし汁 冷や汁 冷やっ汁 | きゅうり、味噌、青しそ、ごま、えぐさ | うどん、 そうめん、 おまんま |
埼玉県 | 冷や汁 | 味噌、ごま、青しそ、きゅうり、みょうが、ねぎ、いんげん | 麦飯、 うどん |
冷や汁うどん | 味噌、ごま、青しそ、きゅうり、みょうが、ねぎ、いんげん | うどん | |
千葉県 | |||
東京都 | |||
神奈川県 | |||
新潟県 | 冷や汁 | 味噌、きゅうり、みず(みずな、うわばみそう)、みょうが、青しそ | わっぱ飯 |
富山県 | |||
石川県 | |||
福井県 | |||
山梨県 | |||
長野県 | |||
岐阜県 | |||
静岡県 | |||
愛知県 | |||
三重県 | |||
滋賀県 | |||
京都府 | |||
大阪府 | |||
兵庫県 | さつま | 魚(べら、赤した、とらはぜ)、味噌、卵、だし汁、ねぎ | ごはん |
奈良県 | |||
和歌山県 | |||
鳥取県 | |||
島根県 | |||
岡山県 | さつま味噌 | 魚(いりこ、小魚類、でべら)、ごま、味噌、ねぎ、しょうが | 麦飯 |
広島県 | さつま汁 | 魚(このしろ、ぼら、だしじゃこ)、味噌、ねぎ | 麦飯 |
山口県 | さつま | 魚(めばる、やはんどう)、味噌、さんしょう | 麦飯 |
徳島県 | |||
香川県 | 冷や汁 | きゅうり、煮干し、味噌 | 麦飯 |
愛媛県 | 冷や汁 | 魚(いわし)、味噌、ねぎ | 麦飯 |
さつま | 魚(たい、こずな、いとより、あじ、このしろ、いりこ、うぐい、やまめ)、麦味噌、らっかせい、こんにゃく、ねぎ | 麦飯 | |
高知県 | 冷や汁 | 魚(じゃこ)、豆味噌、しょうが、ねぎ | 麦飯 |
ぼっかけ | 魚(じゃこ(煮干し))、味噌、ねぎ、しょうが、ごぼう | 麦飯 | |
福岡県 | 冷や汁 | 味噌、ごま、さんしょうの葉、青しそ、だし、ねぎ | 麦飯 |
佐賀県 | 冷や汁 | 魚(ほり(べら))、するめ、きゅうり、青しそ、味噌 | 麦飯 |
長崎県 | 冷や汁 | 味噌、きゅうり、青しそ | 麦飯 |
熊本県 | 冷やし汁 | 味噌、きゅうり、ごま、だし汁 | 麦飯 |
大分県 | 冷や汁 | 味噌、きゅうり、青しそ、ごま | |
さつま | 魚、味噌、ごま、ねぎ、青しそ | ご飯 | |
宮崎県 | 冷や汁 | 魚(いりこ、火ぼかし魚(あじ)、白身の魚)、味噌、ごま、きゅうり、青しそ、ねぎ、豆腐 | 麦飯 |
鹿児島県 | 冷や汁 | 魚(いりこ、白身の魚、魚のひぼかし、かつおの削り節)、味噌、梅干し、ねぎ、青しそ、きゅうり、さんしょうの実 | 丸麦ごはん |
沖縄県 |
これを見ると、「冷や汁」はその中身や作り方は多少異なるものの、西日本、北関東、東北に分布しており、味噌を使う料理であること、冷たくして主に夏場に食べることは共通しています。
西日本では、麦飯を食べるための料理であり、北関東では麦飯もですが、うどんやそうめんを食べる際に用いられることが多いようです。
「さつま」は、瀬戸内海を取り囲むように分布しており、そこで採れる魚を使う料理で、きゅうりは必須ではないところが「冷や汁」と多少異なります。
山形の冷や汁は、2種類あり、米沢藩のあった置賜地方のそれは、貝など乾物の出汁を冷たくして季節の野菜にかけるおひたしのようなもので、中世から伝わる「冷や汁」に近いのかもしれません。
冷や汁の歴史については、稿を改めてまとめたいと思います。