『レクイエムの夜』

 今回の通勤電車内読書は、レベッカ・キャントレル著「レクイエムの夜」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ところはベルリン、ときは1931年、第一次世界大戦から十数年後、ナチ党が台頭しつつある時代である。
 主人公の新聞記者ハンナ・フォーゲルは、警察署の<身元不明死体の廊下>と呼ばれる一角で、弟エルンストの写真に遭遇する。
 自分とエルンストの身分証明書を、ドイツ政府の手から逃れてアメリカに渡航しようとしている友人サラとその息子トビアスに貸しているハンナは、その場でエルンストの身元を明らかにすることができない。

 ゲイクラブ<エル・ドラド>で美貌の女装歌手として愛されていた弟はなぜ殺されたのか、ハンナは単身で捜査を開始する。
 彼女が相手にするのは、SS(親衛隊)やSA(突撃隊)といった、なるべくなら関わり合いになりたくない組織に連なる手合いだが、類い希な勇気と才覚に加え、友人達の手助けを得て、難局を乗り越えて行く。
 そして、明らかになる弟の死の真相と、ゲイへの傾倒と男らしさとの相克が産み出す人間関係の悲劇。

 ナチ党が政権を奪取する直前、ユダヤ人への迫害などの暗雲はたちこめつつあるものの、まだ完全に暗黒の時代ではなく、庶民には多少の贅沢も許されていた当時のベルリンの風俗、時代の息づかいをうまく織り込みつつ、エルンスト・レームなど実在した人物と明らかになっている史実を柱に据えることによって、作品にリアリティを与えている。☆☆☆☆。

 著者のレベッカ・キャントレルは、ベルリンに留学していた経験を持ち、カーネギーメロン大学を卒業後、現在は夫と息子とともにハワイに在住とのこと。
 テクニカルライターを経て、本書で文壇デビューということだが、デビュー作としてのクオリティはかなり高い。本国アメリカでもかなり話題を呼んだらしい。
 本作に続くシリーズ第二作”A night of Long Knife”(長いナイフの夜)も刊行済みとのことなので、邦訳が待たれる。

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