今回の通勤電車内読書は、ノーブ・ヴォネガト著「トップ・プロデューサー ウォール街の殺人」(小学館文庫)。
主人公のグローブ・オルークは、投資銀行SKCで顧客に投資のアドバイスを行う〝トップ・プロデューサー〟。ストックブローカー(投資仲買人)の中でも、特に優秀で成功した者達のうちの一人だ。
18ヶ月前に交通事故で最愛の妻と娘を亡くし失意の底にあったが、親友のケレメン夫妻の助力を得てなんとか立ち直り、その陰をひきずりつつも、生き馬の目を抜くウォール街で丁々発止のやり取りをしている。
そんなある日、チャーリー・ケレメンが妻のサムの誕生日を祝うパーティーをボストンの水族館で開いている最中、何者かの手によって水槽に落とされ、500人の招待者の目前で鮫の餌食となってしまう。
残されたサムは、グローブの大学時代からの友人で、妻のエヴリンのルームメイトでもあった。
チャーリーに資産管理をまかせきりで、600ドルしか手元に金のないサムの窮地を救うべく、チャーリーが経営していた〝ファンド・オブ・ファンズ〟について調べ始めたグローブは、必然的に親友の裏の姿を明らかにすることとなる。
そして、同時に明かされるサムの秘密とチャーリー殺害の真相。
著者のノーブ・ヴォネガトは、ハーバード大学を卒業後、同大でMBAを取得。モーガン・スタンレーやペイン・ウェバーなどの投資銀行で個人投資家の資産管理を行った経験があり、本作が長編デビュー作。
ヴォネガットと言えば、『スローターハウス5』などでおなじみの作家カート・ヴォネガットだろと思っていたら、なんと、ノーブはカートの甥なのだとか。どうりでと言うか、この巧みさはやはり血なのかね。
巻頭の「謝辞」でノーブは、カートの息子マーク・ヴォネガットの言葉を引きつつ、
「数年前、マーク・ヴォネガットが彼の自宅で朝食をとりながら著述業を〝家業〟と評しました。マークは、鋭い洞察力を非常に面白い形で述べた訳ですが、この経験についてはまさしくそのとおりでした。」
と書いている。
〝家業〟にふさわしく、デビュー作からこの出来は見事。
証券業界をあまり知らない我々には馴染みのない、投資の世界で生きる者達の姿を活写しつつ、一人の男の喪失と再生というハードボイルドには不可欠の要素を織り込み、ミステリとしての構成もしっかりしている。
しかも主人公は自転車乗り(チタンとカーボンのコルナゴに乗っていて、部屋にはツール・ド・フランスの歴代優勝者の写真が飾ってあったりする)という、私のツボにもしっかりとはまって、とても楽しめた一作だった。☆☆☆☆1/2。