2011年最初の通勤電車内読書は、ステラ・リミントン著「リスクファクター」(ランダムハウス講談社文庫)。
イギリス情報局保安部(MI5)の統合対テログループで働く女性担当官のリズ・カーライルが、国内に侵入した男女二人のテロ実行犯を、様々なルートから入ってくる情報を寄せ集め分析しながら追い詰めて行く物語。
リズ、テロ実行犯のファラジとジーン、その他の登場人物達それぞれの人生模様に、イギリス南東部ノーフォークの風景を絡めながら物語が進んで行くが、テロをモチーフにした小説が陥りがちな西洋(キリスト教)的価値観に基づく黒白のつけ方ではなく、西洋対イスラムという世界情勢を背景としながらも、テロに至る理由を実行犯それぞれの個人的な事情に委ねている点に、著者の眼差しの優しさが見える。
田辺千幸による訳者あとがきを読むと、著者のステラ・リミントンは、1992年に女性として初めてMI5(イギリス情報局保安部)の長官になった人物とのこと。別の情報によると、映画007シリーズで、ジェームズ・ボンドの上司が最近の映画では女性のMになったのは、彼女の影響と言われているのだとか。
本書には、著者の経験が十分に生かされている訳だが、変にノンフィクション風に流れずに、テロをテーマにしたサスペンスとして、見事に読み応えのある作品として仕上がっていることに驚かされる。情報機関で長として上り詰めるだけの才能とは別に、作家としての才能もあったということ。天は二物を与え賜うた訳だね。
諜報の現場を知る者だからこそ書ける組織内部のしきたりや事情、女性として世界や組織、人を視る眼、そういうものがあればこその眼差しの優しさであったのであり、処女作としてこれだけの力量を示せたのであろう。☆☆☆☆。