なぜ、そこまでしてテゲツー!に書くのか?

早めの夏休みをもらって、家族と南房総へ旅行に行き、浦安に帰ってきた日の夜、千代田区立日比谷図書文化館で、日本図書館協会主催の「図書館とまちづくり」と題するシンポジウムが開催され、しかも宮崎県の河野知事がパネリストの一人として参加するというので、疲れた身体を押して、参加してきました。

シンポジウムの模様については、いずれテゲツー!で記事にするとして、なぜ身を削るような思いをしてまでテゲツー!にコミットして記事を書くのかということについて、すとんと腑に落ちる思いがあったので、それを先に記してしまいたいと思います。

パネリストの中で、最も図書館関係者らしい発言をされていた、讀賣新聞東京本社論説委員の西井淳さんが、熊本県益城町の図書館員が昨年の震災の記録を自発的に収集する取り組みを行ったことに触れ、
「地域に根ざした司書の取組が図書館の肝!」
だとおっしゃった件で、
『そうそう、その地域で行われたこと、活動した人などについて、資料を収集したり記録したりして保存し、後世に引き継いで行くことも、図書館の重要な役割のひとつで、司書の仕事だよな。』
と思いつつ、結局、私がテゲツー!でやっていることも、この延長線上にあるのだと思ったのでした。

テゲツー!は、宮崎で頑張っている人を応援するメディアとして活動していますが、私はその中で、今の宮崎の一部を切り取って、記録として後世に残す仕事をしているのだと思うのです。

図書館の有り様について学んだ大学を卒業し、司書として宮崎の図書館サービスをより良いものにしたいという思いで宮崎に戻ってきましたが、以降33年の間に、図書館の現場に携われたのは、わずか3年しかありません。
それでも、司書としての矜持を持って、このサイトでもこれまで様々な情報発信を続けて来ましたが、3年半ほど前にテゲツー!と出会い、その記事を書くようになりました。

「一銭にもならないのに、それどころか身銭を切ってまで、取材して書くモチベーションは何なのか?」
と問われることもあり、
「(伝えることで)宮崎のプレゼンスを上げたいから。」
みたいな答え方をしていたのですが、今回のシンポジウムに参加して、やはり身の内に流れる司書としての血が、そうさせるのだと自覚した次第です。

「日本一の読書県」を目指すという宮崎県では、図書館サービスの現状は残念ながら十分なものではありません。
それは結局、それぞれの図書館で人(司書)が育っていないことが大きな原因だと思うのですが、司書の仕事についての理解が進んでいない、地域づくりに不可欠な仕事としてリスペクトされていないことがその背景にあります。

図書館の中だけが司書の仕事ではなく、社会のあらゆるところに、司書としてできる仕事はあると思うので、私はとりあえず、テゲツー!という場で、これからも司書目線の記事を書き続けたいと思うのです。

Translate »