日本経済新聞の書評(だったと思う)で目にして、気になったのでkindle版をポチり、通勤の合間に呼んだ、上村渉著『うつくしい羽』(書肆侃侃房)。
著者の上村渉氏は、2008年に『射手座』で第107回文學界新人賞を受賞しているとのことですが、著作に触れるのは本書が初。
静岡県御殿場市出身ということで、表題作は御殿場市が舞台になっています。
離婚し、職を失い、孤独なまま亡き父の生家のある御殿場を訪ねた主人公は、祖母の強い勧めもあって、御殿場郊外の小さなフレンチレストラン〈ジョル〉でサービス担当として働くことになります。
そのレストランは、料理の腕は確かだけど一癖あるオーナーシェフが牛耳る世界。
過度に神経質で、気に入らないことがあれば、ブレーキの利かないブルドーザーのように当たり散らすシェフに、なぜか気に入られた主人公は、毎晩のようにシェフと酒食を共にする中で、それまではあまり関心が無かった料理のこと、サービスのことを学んで行きます。
主人公とシェフの二人の男の喪失と再生の物語を縦糸にして、レストランでのサービスとそこで供される様々な料理という横糸が織り込まれた物語と言えるでしょう。
ストーリー展開ももちろん面白いのですが、フードアナリスト的には、フレンチレストラン裏側、厨房の中の出来事を垣間見るような、リアリティのある記述がたまらなく面白かった。
特に、フランス料理界の重鎮ジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエの『料理の手引き』(Le Guide Culinaire)を知ることができたのは収穫でした。
フードアナリスト必読本のリストに、本書も加えたいと思います。
それから、表題作とともに本書に収められた中編『あさぎり』は、夫に先立たれた女性が営む弁当屋(これも御殿場にある)を舞台に、職場体験に来た女子中学生、出戻った長女とその娘、従業員のフィリピン人女性が織りなすアットホームな人情話。
現代的な課題を盛り込みながら、家族とは何なのかをじんわりと考えさせてくれる佳作。こちらもなかなか良かった。
両方合わせて、☆☆☆☆1/2。