『沈黙の時代に書くということ』

『沈黙の時代に書くということ』書影

今回の通勤電車内読書は、サラ・パレツキー著「沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択」(早川書房)

 サラ・パレツキーと言えば、ミステリ好きの方はご存知かもしれないが、シカゴを舞台にV・I・ウォーショースキーという女性探偵が活躍するシリーズの作者である。
 本書は、パレツキーの自伝的エッセイで、アメリカで出版された”Writing in an Age of Silence”に日本版のための書き下ろし”Torture, Speech and Silence”を加えて日本語訳されたものである。

 彼女の描くV・I・ウォーショースキーは、常にシカゴの底辺で生きる弱者に手をさしのべ、権力を握る富裕層と闘う姿が印象的なのだが、そのV・Iがまさにパレツキーの分身というか代弁者であり、彼女(V・I)がどのように生まれ、そして生きているかが、本書を読むとよく理解できる。
 パレツキー自身がシカゴで公民権運動や人種問題、女性の権利の向上、フェミニズム運動などに深く関わり、行動と発言を続けてきたことが、本書に詳しく綴られており、その経験が作品を生み出す源泉となっているのだ。

 本書はまた、2001年9月の同時多発テロから愛国者法が制定され、2008年にオバマ大統領が誕生し、2010年に日本語版序章が書かれるまでのアメリカの閉塞的な状況を、パレツキーの視点で描き出している。
 自由の国だったはずのアメリカが、国家権力によって国民のプライバシーを無条件に侵害することを許し、自由な発言や行動を制限する風潮が支配し始めている、そんな恐れと、そんな「沈黙の時代」の中で作家である自分がどのように行動するべきなのかという模索が、本書の底流にある。
 他国の人権問題に口を出す前に、もっと国内でやることがあるのではないか、アメリカよ。でもまあ、そういう部分がアメリカ的でもあり、そんなアメリカがどのようにして出来上がってきたかという建国以来の歴史も、本書で勉強できるのだが。

 パレツキー、今年の9月末に日本で開かれた国際ペン東京大会に来てたんだよな。9月23日に大隈講堂で朗読劇と彼女のスピーチがあったんだけど、行きたかったなあ。仕事だったから断念したけど、こんな機会は滅多にないんだし。反省。

 私と同様、パレツキーのスピーチを聴けなかったたくさんの方、特に、V・Iと同じように今の時代を頑張っている女性に是非お薦めしたい1冊である。☆☆☆☆☆。

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