『嵐を走る者』

 今回の通勤電車内読書は、T・ジェファーソン・パーカー著「嵐を走る者」(ハヤカワ・ミステリ文庫)
 元保安官補の男の喪失と再生の物語で、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞を2度も受賞している著者の14作目ともなると、さすがに安心して読める。

 主人公のマット・ストロームソーは、高校時代の同級生で今はギャングのボスとなったマイク・タバレスの指示により仕掛けられた爆弾で妻と息子を失い、自身も左目、左手の小指などを失う大怪我を負う。
 保安官補の職を辞した彼は、喪失感から酒に溺れて自分を見失いそうになるが、旧友ダンの助けで立ち直り、ボディーガードの職を得る。
 その彼が警備を受け持つことになったのが、ストーカーにつきまとわれているというフォックス・ニュースの美人天気キャスター、フランキー・ハットフィールド。
 実はフランキーは、大伯父チャールズ・ハットフィールドの遺志を受け継ぎ、人工降雨の実験に取り組んでおり、単なるストーカー事件が、市の水道電気局に端を発する陰謀の様相を見せ始める。
 フランキーによる人工降雨の成功を阻止したい水道電気局の水利部長チョークは、彼女を守るのがストロームソーだと知ると、彼に恨みを持ち今は刑務所に収監されているタバレスを使って、ストロームソーの排除とフランキーの研究の阻止を図ろうとするのだが…。

 物語の中で明かされる、タバレスのストロームソーへの憎悪の原因、それぞれの喪失と復讐の感情。傷ついた男と、その傷を癒す孤高の女性。
 決して派手ではなく、底流に流れる静謐さが、主立った登場人物達の感情の動きを見事に描き出している点が、本作のひとつの特徴かもしれない。☆☆☆☆。

 なお、七搦理美子による訳者あとがきによると、チャールズ・ハットフィールドと彼の人工降雨実験は実在したが、その技術の詳細を明らかにしないまま1958年に亡くなったとのことで、こちらもまた興味深い。

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