『ミッション・ソング』

 今回の通勤電車内読書は、ジョン・ル・カレ著『ミッション・ソング』(光文社文庫)

 ジョン・ル・カレと言えば、『寒い国から来たスパイ』(1963)に代表されるスパイ小説の第一人者。1931年イギリス生まれで、オックスフォード大卒後に外務省書記官となり、英国情報部にも在席したことがあるらしい。
 スタイリッシュな007とは違って、風采の上がらないイギリス情報部員ジョージ・スマイリーが活躍する『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1974)はトーマス・アルフレッドソン監督、ゲイリー・オールドマン主演で映画化され、『裏切りのサーカス』という邦題で公開中(観たいけどまだ観ていない)。
 ついでに言うと、『ナイロビの蜂』(2001)は、フェルナンド・メイレレス監督で2005年に映画化(日本公開は2006年)され、レイチェル・ワイズがアカデミー助演女優賞を受賞している。

 スパイ小説好きには知らない人はないル・カレではあるが、決して取っつきの良い文章ではないし、基本的に冷戦時代のスパイ小説という印象があって、最近の作品は全く手を出していなかったのだが、本書はたまたま浦安市立図書館中央館の棚で巡り会って手に取った次第。

 主人公のブルーノ・サルヴァドール(通称サルヴォ)は、アイルランド人でローマカトリックの宣教師の父とコンゴ人の母との間に生まれ、生まれてすぐに母を、10歳の時には父を亡くして孤児となったが、生来の言語学者だった父から受け継いだ語学力と育った環境から中央アフリカの様々な言語を操る才能を得、イギリスで一流の通訳となっていた。
 彼は本業の傍ら、その才能を時折、イギリス情報部の求めに応じて使っていたが、ある日、生まれ故郷のコンゴ民主共和国の平和を目指す、各勢力の代表者会議の通訳をするために、北海の孤島に狩り出される。
 その島で彼は、会合の通訳と休会中に交わされる参加者同士の会話の盗聴の解読に忙殺されるのだが、参加者相互の駆け引きの裏で、コンゴの豊富な資源を巡る陰謀が進みつつあることを感じ取ってしまう。
 とっさに陰謀の証拠となる録音テープを持ち帰ったサルヴォは、愛するコンゴ人看護師ハンナとともに、なんとか陰謀を阻止しようとあがき始めるのだが…。

 今も紛争の絶えないコンゴ情勢を背景に、天才的な能力を持つが、政治的にも経済的にも(加えて体力的にも)非力な通訳を主人公にした、ちょっと異色な国際謀略小説。
 冷戦時代にはある意味単純だった敵と味方の色分けが、現代では全く通用しなくなっている中で、それでも様々な人間の思惑で世界が動いている。その複雑さの一端を見事に切り取ってみせるル・カレ御年81歳、まだまだ衰えず。☆☆☆1/2。

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