『生、なお恐るべし』

 今回の通勤電車内読書は、アーバン・ウェイト著「生、なお恐るべし」(新潮文庫)

 主人公のフィル・ハントは54歳。彼には、若い時に犯した殺人のために10年間服役した過去があり、今は妻のノーラと小さな牧場を営む傍ら、生活のために麻薬の運び屋をやっている。
 そのハントが、受け渡しの現場を偶然にも地元の保安官補ドレイクに見つけられ、大量のヘロインの回収に失敗して逃げ戻るのだが、ハントを使っていた組織は失敗を許さない。ハントに別のヘロインの回収を命ずると同時に、ハントを始末すべく、“調理師”の異名を持つ始末屋のグレイディを差し向ける。
 一方ドレイクは、DEA(麻薬捜査局)の捜査を手伝うことになり、ハントを追うのだが、彼は彼でハント同様に麻薬の運び屋をやっていて逮捕された元保安官の父親を持ち、父親の姿をハントに重ねている。

 追う者と追われる者の軌跡が次第に苛烈になるクライムノベルなのだが、本書が素晴らしいのは、登場人物の人物造型にある。
 特に、陰を背負って生きるハントのキャラクターが秀逸である。生活のために運び屋をしてはいるものの、過去の過ちを悔い、なんとか人間的に生きようとするハントは、絶望的な状況の中でも決して逃げないのだ。

 ささやかで平穏な生活の中に潜む恐ろしさと、それに正面から立ち向かう男達や女達の気高さ、そして全てを乗り越えた後の清涼感。
 著者のアーバン・ウェイトは1980年生まれで、本書が長編デビュー作であるが、実に素晴らしい才能がまた現れたものだ。☆☆☆☆☆。

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