今回ご紹介するのは、ライアン・デイヴィッド・ヤーン著『暴行』(新潮文庫)。
こんなのを「イヤミス」というのかな。
人は一人殺されるが、謎解きの要素はなく、その暴行殺人事件を中心に、その周りの人々の抱える闇を暴き出す群像劇の様相が強い。
スポーツバーの夜勤店長の仕事を終えて、自宅のあるアパートに戻ったカトリーナ・マリノ(通称キャット)は、自宅を目前にした中庭で、包丁を持った暴漢に襲われる。
時刻は明け方の4時、寝静まって誰も見ていないと思われたが、幾多のアパートの住人がキャットの悲鳴を聞き、中庭での惨劇を窓から目撃していた。
しかし、誰一人助けに出ようとも、警察に通報しようともしなかった。事件に気付きながら、本当に大変なことなら誰かが通報するだろうと考え、その時にそれぞれが抱える問題への対処を優先させてしまったのだ。
それらの問題は、ひとつひとつを切り出せば、確かに深刻な問題ではある。しかしその間にキティは、一度現場から立ち去り、再び戻ってきた犯人に刺され、最終的には命を落とすことになる。
読者は、彼女が犯人に刺され、なんとか生きようともがき苦しむ姿と、それと平行してアパートの窓の向こう側で行われる様々な部屋でのできごとを、淡々とした筆致で読まされることになる。
それがなんとも居心地が悪く、なんとなくイヤな気分にさせられる。
巻末の「訳者あとがき」によると、この物語は、1964年3月にニューヨークで実際に起きたキティ・ジェノヴィーズ事件をもとに描かれているらしい。
この事件では、28歳の女性キティ・ジェノヴィーズが惨殺されるのを38人が目撃しながら、誰も警察に通報しようとせず、後に“傍観者効果”なる言葉が生まれるきっかけとなった。
作者は、傍観者達の心の動きや行動を、現在形で淡々と綴ることによって、自分自身と読者もまた傍観者であることを意識させているかのようだ。
本作がデビュー作のライアン・デイビッド・ヤーンは、1979年アリゾナ州生まれでロスアンジェルス在住。本作で、2010年度の英国推理作家協会賞(CWA)最優秀新人賞を受賞という期待の若手作家。今後の邦訳が楽しみである。☆☆☆1/2。