『テロリストの回廊』

 今回の読書録は、トム・クランシー&ピーター・テレップ著『テロリストの回廊(上)』『同(下)』 (新潮文庫)

 手に取った時に、上巻の帯に「クランシー逝く!」と書かれていて、初めてトム・クランシーの死を知った。wikipediaで調べてみたら、2013年10月1日にボルチモアの病院で亡くなっていた。まだ66歳、死ぬにはまだ早い。

 トム・クランシーと言えば、1985年にデビュー作『レッドオクトーバーを追え』が邦訳されて以来30年、ほとんどの作品を買って読んできた。『レッドオクトーバーを追え』の衝撃は大きかったし、それに続く一連の「ジャック・ライアン」シリーズのクオリティの高さは素晴らしかった。
 彼が、(軍事や諜報活動を扱う)テクノスリラーとか軍事シミュレーション小説というジャンルを切り開いたようなものだ。その功績は実に大きい。
 ただ、次第に共和党的な愛国主義、ウィルソン的国際干渉主義の色が作品の中に濃く出るようになってきて、それが鼻につく部分もあった。

 しかし、自身は軍隊経験が全く無いにも関わらず、綿密な取材や調査に基づき、現実の国際情勢やアメリカの国内情勢を巧みに取り入れたプロットで綴られる物語のリーダビリティは、やはり抜きん出るものがあった。

 後年、共著という形を取ることが多くなり、クランシーの独自性は薄れた気はするが、共著者の得意分野が加わることでディテイルに深みが出たであろうことは疑いがなく、その名が冠された作品は、間違いなく面白く、買って損のないものだったと思う。

 そんな巨匠が亡くなって、作品が読めなくなるのは実に残念だ。まだ未訳・未読のものもあるのでもう少しだけは楽しめるが、まだまだ書けたであろう66歳の死は、惜しいという言葉に尽きる。心からご冥福をお祈りしたい。

 ところで本書のことだが、アメリカが戦いを続けている2つの強大な敵、南米の麻薬カルテルと中東のテロ組織タリバンが手を組んだら…という恐るべき仮定を前提に展開される。この秀逸なプロットが、クランシーの真骨頂だ。

 アメリカとメキシコの国境に麻薬カルテルが掘る輸送用のトンネルを使って、タリバンのテロリスト達がアメリカ国内に侵入しテロを決行する計画が進行する一方で、麻薬カルテルを撲滅させようとする統合タスク・フォース(JTF)の困難な戦いが展開される。

 CIA、FBI、ATF、DEAといった組織から選ばれたエリート隊員達で構成されるJTFの中心が、元SEAL隊員でCIAの秘密活動に従事して中東で活動していたマクスウェル・ムーア。
 SEAL時代の作戦中に同僚を失ったトラウマを抱えており、今回の作戦でも仲間を次々と失うという困難な状況の中で数々の思い出がフラッシュバックする
 そのトラウマを乗り越え、超人的な活躍の末に一方の敵を倒していくのだが…。

 昨年末、アメリカ・ワシントン州でマリファナの合法化に関する住民投票の結果、可決されたとの報道があった。州の規制と連邦の規制は別物なので、住民投票で可決されたからといってそのまま合法化につながる訳ではないらしいが、その裏にはマリファナのようなライトドラックを合法化することによって末端価格を下げ、麻薬ビジネスで莫大な利益を上げている麻薬カルテルに打撃を与えようという狙いもあるらしく、それほどにアメリカの苦悩は深いようだ。
 また、アフガニスタンはアヘンの原料となる罌粟(けし)の生産が盛んであり、世界の9割が近くがここで生産され、タリバンの潤沢な資金源として利用されているという。
 アメリカの戦いは、麻薬を通して2つの敵につながっている。本書を読むまでは、そのようなリンクがあることに気付かなかったが、それを気付かせてくれたクランシーに感謝!。

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