今回の通勤電車内読書は、アン・ズルーディ著『ミダスの汚れた手』(小学館文庫)。先月紹介した『アテネからの使者』の続編に当たる。
久しぶりに故郷の街アルカディアに帰ってきた太った男ヘルメス・ディアクトロスだが、友人で彼の土地を管理していた老人ガブリリス・カロエロスが車に轢き逃げされて死亡した現場に遭遇してしまう。
前作同様に鋭い観察眼と軽妙な住民との会話を通して街の様子を探り、ガブリリスが管理していた土地を自分のものにしようと画策するパリアキス親子の機先を制しつつ、ガブリリスを轢き逃げした犯人も探し出していく。
ギリシャ神話をモチーフにするこのシリーズ、今回の主題として取り上げられているのは、オウィディウスの『転身物語』に出てくる、触れるものを何でも黄金に変えてしまう両手を神に望み、それを与えられたミダス王の悲劇である。
ミダス王は、望みどおり黄金に囲まれながらも飢え、渇き、娘すら失ってしまう。
ミダス王になぞらえられるのは、パリアキス家の長、アリス・パリアキス。ミダス王は神に許しを求めて元に戻して貰うが、アリスはヘルメスの忠告にもかかわらず、欲望に囚われたまま、全てを失ってしまう。
古代ギリシャの遺跡の残る、観光が主産業のアルカディアで生きる人々の夢や欲望と、古き良きギリシャを愛するヘルメスの失われつつある故郷への想いと哀しみ。
今回もあちこちに現代人への警句が散りばめられ、含蓄のあるミステリに仕上がっている。☆☆☆☆。