『テッサリアの医師』

 今回の通勤電車内読書は、アン・ズルーディ著『テッサリアの医師』(小学館文庫)
 『アテネからの使者』、『ミダスの汚れた手』に続く、「太った男」ヘルメス・ディアクトロスが主人公のミステリ第三弾である。

 今回、「太った男」が小さな田舎町モルフィで追うのは、ヌーラとクリサという少し年のいった独身姉妹の妹クリサと結婚式を挙げようとしていたフランス人医師シャブロルが、顔面に薬品をかけられ失明に追い込まれた事件の真相。

 しかし、いつものように単なる謎解きでは終わらないのがこのシリーズの真骨頂で、今回、全編を貫くテーマは、冒頭に引かれている「『転身物語』オウディウスより第2巻」に登場する〈嫉妬〉。

〈嫉妬〉は他人を蝕みながら、それによって自分をも蝕んでいく。それが〈嫉妬〉の永遠に終わらない自分を罰する地獄なのだ……。

 被害者である医師の秘密と、その秘密によって起こった悲劇という謎解きの傍らで、著者のズールディは、〈嫉妬〉に蝕まれた村人達の愚かな行動を描くことによって、人間の根元的な弱さをも焙り出そうとしている。

 愚かで弱い人間に対する温かい視点、罪にはしっかりと罰を与え、懸命に生きる者には救いを用意する、含蓄や警句に富んだストーリーは、最後にほのぼのとして爽やかな読後感を与えてくれる。☆☆☆☆。

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