『血の咆哮』

 今回の旅のお供は、ウィリアム・K・クルーガー著『血の咆哮』(講談社文庫)
コーク・オコナー・シリーズの7作目だ。

 デビュー作の『凍りつく心臓』から『希望の記憶』までのシリーズ6作を順番どおりではないけど読み継いできて、すっかりシリーズの魅力にはまってしまっている訳だが、7作目となる本作は、これまでとは少し趣が変わっている。

 その理由の一つが、初めてコークの一人称で語られるということ。
これまではコークの物語だったものが、コークの目を通して語られる物語になっている。
 そしてもう一つが、三部構成の真ん中が、オブジワ族の老まじない師ヘンリー・メルーの波瀾万丈な青春物語になっていること。

 メルーは、コークのメンターでもあるオブジワ族の老まじない師で、これまで何度かコークの窮地を救ってきているが、急に心臓の病気で倒れ、入院してしまう。
 コークはそのメルーから、72年前にもうけて一度も会ったことのない息子を探して欲しいという依頼を受ける。
 手がかりは、72歳という年齢と母親の名前、その写真の入った金時計、そしてカナダのオンタリオ州から探し始めろということだけ。

 そこからコークの調査が始まるのだが、コークはコークで大学に進むことになっている長女のジェニーのことで新たな問題を抱えていた。

 メルーの息子を探すコークの旅路は、メルーの過去から繋がる猜疑と嫉妬の火種を掻き起こすことになり、メルーをめぐる新たな物語が動き始める。
 そして、過去の物語と現在の物語が交錯し、ほろ苦い結末を迎えることになる。

 メルーの過去の物語に比重が置かれているため、現在の物語の展開が急すぎる感じもあるが、アメリカ中西部からカナダにかけての大自然の描写を織り交ぜながら、その自然と共生する人々の生き様を描くクルーガーの筆は相変わらず冴えており、リーダビリティーは揺るぎない。

 クルーガーが本書で描きたかったのは、父と子の物語であり、家族の愛の物語なのであろう。
 最後のエピローグでクルーガーはコークにこう語らせている。

「人間の語彙の中で最大の言葉であるLOVEはたった四文字で、その言葉にはどんな定義もじゅうぶんとはいえない。わたしたちは犬を愛する。子どもを愛する。神とチョコレートケーキを愛する。わたしたちは愛にめざめ、愛を捨てる。愛のために死に、愛のために殺す。愛を消費することはできない。飢え死にしそうなときにも食べられはしないし、渇いて死にそうなときにも飲めはしない。きびしい冬の寒さには役に立たないし、暑い夏の日には安物の扇風機の方がまだ使えるだろう。しかし、この世でなにがもっとも大切かと問われたら、ほとんどの人間にとってそれは愛だとわたしは強く信じている。」

けだし名言。☆☆☆☆。

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